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2009年12月 2日 (水)

追悼:平山郁夫先生

 本日画家の平山郁夫先生が亡くなられました。実は私が東京芸大在学中に学長をされていて、祝典のときなど、ご祝辞を頂いたりしました。同じ芸術と言えども、音楽と美術と分野が違うので、それまで私は日本画というジャンルを知る事は無かったのですが、学校に入りその専攻の友達も出来たりしました。

 実は平山先生に関しては、個人的な思い出があります。

Nekososhite  もう何年前の事だったか、

先生の半生がドラマ化される事になり、

その音楽を知人の糸川玲子さんが担当。

いや、そのときに知り合ったかも...。

その音楽が、Tangoだというので、

録音を頼まれました。

 糸川さんの曲を私が編曲し、録音メンバーがまた凄い。今や雑誌等でもお馴染み、川口義晴氏がディレクターとなり、Violinには桑田穣さん(私の師匠の息子さん)、我が弟、Contrabassには齋藤順さん、そして何とPianoには、小松亮太君のお母上様、小松真知子さんを迎え、他にClarinet奏者(すみません、名前を覚えていません)と私で録音。

 音楽はなかなかの出来だったと思うのですが、何とドラマの企画自体がなくなってしまいました。その後何年かして、違う企画でドラマ化されたのを、何となく覚えています。当然音楽も別な人が担当。

 今となってはこの台本のみが思い出の品です。

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コメント

初コメントになります。いつも興味深く拝見させていただいております・・・この録音は恐らく私が初めて参加した録音の仕事だと思われます・・・メンバーがメンバーだっただけにガチガチに緊張していた記憶がありますね・・・今から10年くらい前のことになりますがそれにしてもよくこの台本をお持ちでしたな・・・

 先月、奈良の薬師寺で平山さんの作品を観たばかりだったので、とても驚きました。
深い深い青の色が印象的で、また観に来ようと思って帰ってきたのですが。
 残念です。
 

私はこのブログで初めてその方の存在を教えて頂いた状態なので、この記事の内容からは逸れてしまうのですが、芸大繋がりという事でご容赦下さい。
最近、ひょんな事から私の職場の社歌(と呼ぶのでしょうか?)の作曲者が芸大の声楽科で教授をしておられた(もしかしたら今も?)方だという事が分かりまして、私の職場は芸術とは無縁の職種ですので芸大の教授と繋がっていたという事にとても驚きました。
ですが、私はその社歌を歌ったことはおろかメロディを聞いた事もありません。
啼鵬さんが作曲された木曽青峰高校のようにきちんと歌い継がれれば良いのですが…。

本題とは関係ありませんが、1980~90年代に新座交響楽団(N響)のトラに行っていたので、ひょっとしたら糸川玲子さんと共演してたかも知れません。
ある日、「団員の糸川さんがCDを出しました!」というお触れ(笑)があり、私も「ラ・ベル・ベット」買いました。その後「コントラリオ」も買いました。帰ったら久しぶりに聞き直してみようかな。

> ゴルゴさん
 そうだった。確かあのときは、スタジオの扉の開け方も分からなかったみたいだね。ホント、懐かしい。

> りゅうさん
 お恥ずかしい事に、先生の作品を直に見たことは無いのですが、雑誌等で拝見したときは、私の抱いていた日本画のイメージが広がった感じがしました。

> 宮ノ助さん
 お久しぶりです。作曲家先生では無く、声楽科の先生ですか。社歌ともなると、いろいろなジャンルの人が手掛けていますね。ちなみに葉加瀬太郎さんは、パチンコ屋マルハンの社歌を作っています。

> ほーほさん
 そんなつながりがありましたか。糸川さんはある時期、メジャーデビューをしていたと聞いています。そしてアマ・オケとも関わっていたとは。人に歴史ありですね。

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