楽章順入れ替え
私が指揮者として初めて仕事をしたのは、大学を出た年の5月。今や伝説となったホースピア音楽祭での60名近くのSaxophone Ensembleでした。場所は原町市(現・南相馬市)。曲はEdvard Griegの「Holberg Suite」で、原曲は弦楽合奏。北欧の作曲者らしい作風の、なかなか素敵な曲です。
この曲を演奏していたのですが、
全5楽章の中から2つの楽章を。
しかも順番を変えて!
演奏されたのは4曲目の「Air」と1曲目の「Praelude」。これにはたまげたというか、オイオイってな感じで、Classic音楽において、楽章の順番を変えて演奏するなど、作曲家の私としては「有り得ない」コトでしたから。
中から1曲、というのは全然アリだし、抜粋も当然あるでしょう。しかし其れを順番を変えるなど、物語で1度死んだ人を蘇らすようなもの。
でも吹奏楽コンクールではやったりするらしく、そういうのをいつも関係者と口論するのですよ。まぁ、地味に終わったんじゃ点数が稼げないのでしょう。またMahlerの「Titan」の(派手な部分のみの)抜粋を規定時間以内に作り直して出場する、なんてのもフツーに行われていて、とにかく派手で技巧的な部分をアピールするという目的がありますからな。
まぁ、今回の場合は「番組的に」という部分があったのでしょうが、静かに聞かせた「Air」の後に、元気の良い「前奏曲」という、「前に演奏するから前奏曲って言うぢゃないのかネ?」と突っ込みたくなる人はたぁくさんいるコトでしょう。当たり前ですが、2楽章は1楽章の後に奏されるために書かれているワケだし。3楽章は2楽章の後に...以下同文。
トーゼン作曲者としては激怒モノで、もし私の作品がそんな事されるならば、そうさせた立場の人を恨みまする。私でなくても、フツーの作曲家は皆そうでしょう。
とは言え、作者本人が、何らかの意図を以ってそうする場合も、ゼロではありませぬ。Leonard Bernsteinの名作「West Side Story」を凝縮した曲「Symphonic Dances from "West Side Story"」では、曲が始まってしばらくして、いきなり最後のシーン。そう、死んじゃうんですよ。ロメオじゃなかった、トニーが。それから劇中に出てきた色々な曲に。
まぁ、これは作曲者本人ですから。
そのうちやるようになるのかな、Tschaikovskyの「悲愴」を、派手に終わりたいからって、3楽章と4楽章の順番を入れ替えたりって。おーヤダ。
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なんか、違和感かんじたのは、
そうゆうことだったんですね。
専門的なことは、分からないけど、
本をさかさまに読んだ感じかな
投稿: ichiyou | 2011年5月16日 (月) 21時34分
> ichiyouさん
ご覧になっていましたか。こういうのって、例えば最初に結果を見せてから種明かしをする推理小説とも全然違う。当たり前ですが。
そういうところから「ちゃんと」して欲しいんですがね。文化を築き上げるって、そういうコトだと思うのですが。
投稿: ていほう | 2011年5月17日 (火) 00時07分