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2013年8月29日 (木)

追悼:藤沢嵐子さん

 日本のタンゴ史を語るときに、いえ、アルゼンチン本国も含めてタンゴ史を語る上で、欠かすことの出来ない大歌手、藤沢嵐子さんの訃報を知りましました。今月22日に亡くなられたようです。

Rankofujisawa1 既に引退をされていたのですが、

その最後のコンサートも、

大々的に「引退公演」などとせず、

普通にコンサートをしたのを覚えています。虎ノ門ホールで、小松亮太君の在籍するタンゴ・クリスタルのコンサートでした。NHK FMで放送され、私もエア・チェックしています。

 アルゼンチンで初めて認められた日本人歌手、と言いましょうか、日本人タンゴ歌手の第一人者で、戦後のタンゴ・ブームの立役者です。労音等の公演では、私の母も生演奏を聴いています。そういった、タンゴ・ファンのみならず、一般にタンゴを広めた、偉大なアーティストでした。

Rankofujisawa2 録音も残され、

割と容易に手に入りますが、

圧巻は何と言っても、

Astor Piazzollaとの共演盤。彼の初来日の際のライブ録音で、共演した事実はファンの知るところでしたが、まさか録音が残されていて、それが世に出るなどと、夢にも思いませんでした。Piazzollaと共演した、数少ない日本人アーティストです。

 私のような、日本タンゴ界のメイン・ストリートには居ない人間には、彼女の存在は絶対的で、「Ranko Fujisawaがアルゼンチンで認められた」という事実があればこそ、もしかしたら自分にも、本物のTangoが出来るのではないか、と希望をもったものです。残念ながらお会いする事はなかったのですが、タンゴ人啼鵬には、いつも心の支えでした。それは今後も変わりません。

 日本人がTangoを歌う、演奏する、Tangoに限らず、自国以外の音楽を修得する事には、大変な苦労がつきものです。そのパイオニアである藤沢嵐子さん。貴女が道を切り開いて下さったために、我々後輩どもが続く事が出来ました。藤沢さんの遺志を継ぎ、啼鵬に出来るTangoをこれからも貫こうと思います。

 本当に長い間、有り難うございました。心よりご冥福をお祈り申し上げます。

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コメント

そうなんですか。そんな草分けの方がいらっしゃったのですね。

タンゴクリスタルの12月のディナーショーに行く予定です。亮太さんは当然出ませんが。

> HIROKOさん
 どの道もパイオニアがいるものです。ちなみに日本人で初めてTangoを歌った歌手は、淡谷のり子さんと言われています。
 タンゴ・クリスタルは亮太君のお母上様のバンド。私も参加した事がありました。振り返るとこのバンドもレギュラーとしては歴史が長く、日本を代表するバンドです。

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