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2014年10月24日 (金)

ねぎ別盛り

 以前から土浦に店舗があるのは知っていたのですが、普段は通らない道なので、なかなか行く機会を得ず。そこへきて、新たに阿見店がオープン。ここなんか、更に遠いのですが、餃子無料券に釣られて来ました。

Takumiyaami 最近のラーメン屋さんの看板って、

こんな感じ多くありません?

恐らく流行廃りがあるのでしょうけど、

系列店でもないのに、こういう雰囲気の看板、よく目にします。ま、茨城で家系と言えば、あの店。最近サイトもリニューアルしました。家系は詳しくありませんが、本家本元ではない、という事だけ、人から聞きました。

Takumiya2 ねぎラーメンを注文。

あれ?ネギがセルフ・トッピング!

なので同行した家族にも分け与えましたが、

ふと幼少の頃を思い出しました。

 極貧のマツモト家で育ったテーホー。稀に東京に出たときに国鉄、もといJR上野駅の立ち食いそば屋、当時「更科そば」という看板を掲げ、一番上の階の特急改札口近く。そこで天ぷらそばを2つとり、あとの3つはかけそば。そのかき揚げ天ぷらを箸でちぎり、他のかけそばに載せる。これで天ぷらそばが5つ。ほんのささやかな贅沢ね。

 そうやって捻出したお金は、子どもの教育費に。楽器や楽譜、書籍などの教材購入。塾? 勉強は学校ので十分。と言うより、アタシの世代、と言うか地域?、塾に通っていた子なんて殆どいませぬ。塾も無かったし。通った教室はViolinを習った土浦音楽院のみ。教えられそうなものは、全て親から。これまたお金をかけずに。

 1杯のラーメンから思い出話を語ってしまった。

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コメント

面白い(?)エピソードですね。かつての「1杯のかけそば」のような…。
私は、一人っ子だったから、比較的ボンビーな割には、自由に食べさせてもらえたなぁと思います。おかげで、しっかり成長しました。(横にですが…)

塾は成績優秀で、裕福な家庭な子というイメージがあったから、ウチには全く縁がなかったです。
私はスイミングスクールに通っただけ。しかも自由形では勝ち目がないと思い、背泳の選手として頑張りました。でも、バタフライが泳げなくて昇級試験を前に断念。今でもバタフライは泳げません。そして、クイックターンも出来ません。
小学校・中学校時代の合唱の歌い手としては、良い腹式呼吸の練習になりましたがね。

> 語る会さん
 ちなみにうちの地域の習い事定番は、
男の子:習字、そろばん、剣道
女の子:習字、そろばん、バレエまたはピアノ
 これらはかなりの割合で通っている子がいました。昭和50年代の話しです。

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