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2015年1月31日 (土)

北陸新幹線開業前の長野駅

 今年初めての長野。そう、いつものBandoneon教室です。今週は関東で大雪(になるか?)騒ぎがあったので、長野はかなりたくさん降っているのでは?と来てみると、取り敢えず長野駅前は、たいしてありませんでした。

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雪は多少降っていましたが、傘をささない人もいたくらい。さすがに半袖はいませんでしたが(当たり前か!)。
 長野駅の工事もだいぶ進み、北陸新幹線の開業にむけて、リニューアル。まだ駅ビルMIDORIは一部のみ営業。
 長野Bandoneon教室を始めたのが、長野新幹線の開通した1997年。翌年は長野五輪。そして今度は北陸新幹線の開通。にわかテツのテーホーでも感慨深い。

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2015年1月29日 (木)

昔のアプリ

 今PCにソフトウェアをインストールするのは、CD版やDVD版を購入する場合と、ダウンロード版を購入する場合とがあって、当然後者だと化粧箱、(紙の)マニュアルはありませぬ。特にマニュアルが無い、というのはアタシのような古い人間にとっては衝撃で、「じゃ、操作方法をどうやって知るんだ?」と思ってしまいまする。スマートフォンに至っては、ダウンロード版のみ!

 もちろんマニュアルもダウンロード出来るワケですが、今のソフトウェアは、たいしてマニュアルを読まなくても操作出来るようになっています。直感的なんとなくいじって、一通りの事が出来るでしょう。PCを勉強するものとして育ってきたテーホーにとっては、少々寂しい部分でもありますがね。こういうところにも昔と変わったなぁ、と思いますね。

Msacces とにかく昔は、

ソフトウェア導入の敷居が高く、

写真のようなWindows(3.1)版でも、

大分簡単になりましたが、

DOSの頃なんて、

マニュアルと首っ引きでやったものです。CONFIG.SYSやAUTOEXEC.BATを自分で書き換えたり。ちなみに写真は最近よく話題にでるFD版。この頃はCD-ROMドライブも搭載していないPCは珍しくなかったですからね。今は別の理由でノートPCに光学ドライブが搭載されていませんが。

 社会現象にまでなったWindows95なんぞ、みんなが買っているから、という日本人的理由で買ったものの、何をするものか分からず、おびただしい数のFDでピラミッドを作って遊ぶ写真が話題になったものです。

 ところで「ソフトウェア」という言葉も死語なんだんろうなぁ。今は「アプリ」と言っていますが、「ソフトウェア」はやはりDOS時代の用語か。Windows時代になって、「アプリケーション・ソフト」、略して「アプリケーション」と言うようになり、今は更に略して「アプリ」か。次世代にはまた別の用語が出てくるかネ。

2015年1月27日 (火)

本田、アレ

 愛車HR-Vと悲しい別れをした啼鵬(2015年1月23日参照)。そして次に乗る事になったのが、HONDA That's。

Hondathatsそう、軽乗用車です。

元々免許をとってから、

しばらく軽乗用車に乗っていましたので、

戻っただけです。何しろ1600ccのHR-Vに比べれば、ランニング・コストが桁違いにかかりません。That'sはもう現行車ではありませんが、この頃の軽は既にスペース・ユーティリティーも良く、荷物もかなり積めます。普通車からの乗り換えなので、車内は狭いかなと思いきや、ヘッド・クリアランスが割とあるので、意外と余裕な感じ。そして雨の日、車から降りるときも、膝の後ろが濡れない! そう、HR-Vの欠点の1つ、シートの位置、車高のせいか、雨の日の降車では、必ず膝の裏が濡れました。

 そして、あれほどこだわっていたマニュアル・ミッションを卒業。今回はAT車です。それでテーホーがどれくらい車に関して、悟りの境地を開いたかが想像出来るでしょ。

 ま、もちろん良い事ばかりではありませぬ。そのAT、なんと3速。今の燃費の良い軽は、殆どCVTですからね。尤もHONDAは現行VAMOSを未だに3速ATにしていて、人気のNシリーズとは裏腹に、たいして力を入れていない様がうかがえまする。

 そのATもなんとコラム・シフト、フル・モデルチェンジをしなかった1代限り(マイナー・チェンジはした)、HONDAが一時期迷走していた(!?)、あまり格好良くないスタイルと、いかにもテーホーが選びそうな要素満載。あとは燃費だわね。ま、3速ATでは期待出来ませんが、そこはエコ運転ヲタクの腕を!

Naoiudon 最後にオマケ画像。

中古車屋さんでもらったうどん。

来店なのか成約なのか、

どっちの特典か分かりませんが、2箱頂きました。ちなみに成約特典では実売価格5万相当のカーナビを、工賃のみ(¥27,000)で付けてもらいました。先着30名だったそうで。

2015年1月26日 (月)

公演後のレセプション

 今回我ら弦楽合奏団弓組は、運良くすみだトリフォニー小ホールがとれたワケですが、大ホールでは見た事のある制服の人達が!?

Rikujichuon 陸上自衛隊中央音楽隊の演奏会でした。

一緒に演奏した事のある面々と会い、

お互いの演奏会の話を。

そして記念に頂きました。

まぁ、楽屋口は一緒ですからね。

同じ時間帯に演奏会をしていれば、当然会います。それにしても偶然。

Yumi5threcep1 公演後はレセプション。

榊原大巨匠からは、

「レセプションって何?」と聞かれました。

そうねぇ、たいていは「打ち上げ」と言いますから。とは言え、「レセプション」と言うとホテルや、ちょっとランク高めのレストラン等でやるパーティーのイメージ。居酒屋ではねぇ。

Yumi5threcep2 更に二次会。

チェーン店なんですが、

この店舗限定?

東京スカイツリーの刻印のある玉子焼き。このお店、アタシが行きたくて指定。Blogにも記事にしました(2014年8月20日参照)。これまでは新宿の店舗に行きましたが、今回は錦糸町。

Yumi5threcep3やはりコレ。

多くの組員は1枚でしたが、

アタシと新入りは2枚。

いや、もっとイケたわ。

今回の公演のシメでした。

2015年1月25日 (日)

弦楽合奏団弓組第5回公演

 今回の定期公演。節目の5回目なのですが、実は当初の構想が途中で変更。最終的にプログラムが決定したのは年が明けてからでした。もちろん稽古は並行してやっていましたが、編曲も全て仕上がったのは公演一週間前と、かなりタイトでした。

Yumi5th1 それでも本番の日の集中力というのは、

組員それぞれが所属団体等で、

今までの経験の中で培ってきていて、

今回の公演でも発揮されたかと思いました。それは榊原大首相も仰っていました。こういった業界、一般的には「アマチュアは本番に強い」と言われますが、弓組はプロ、アマ混合チーム。こういうところでアマチュアの良さが発揮されたのかも知れませぬ。

Yumi5th2 今回は二代目トップスターのお披露目、

という公演でもあったのですが、

幼い頃から知っているアタシとすれば、

まるで娘の成長をみているようで、ソリストを立派にこなしている彼女をみるにつけ、リハーサル中は感慨にふけっていました。同じ土浦音楽院の後輩から、たくみスタジオ門下生という立場を経て、今は一緒に演奏する仲間。これからも楽しみです。

 お寒い中、足をお運び頂いたお客様、有り難うございました。

2015年1月24日 (土)

弓組第5回公演に向けて

 年1回の定期公演の他に、ゲスト出演するステージをいくつかこなす弦楽合奏団弓組。もう明日に本番を控え、ゲストの榊原大首相とも熱の籠もったお稽古。

Yumi5threh 何しろ今回共演するメイン曲、

J.S.Bachの「Concerto BWV1058」。

実は存在は今回初めて知りました。

公演テーマが「Legend of Arrangement」ですから、この曲も何らかの「Arrangement」という事になります。まさかViolin版からの移植とはね。

 更にチラシには載せていないのですが、啼鵬がBandoneonを弾くTangoも健在。やはり音楽監督がBandoneonを弾く以上、外せませぬ。しかもPiazzolla作品。更に言えば第2回公演で特集したPiazzollaですが、そのときのレパートリーではなく、新たに取り組む曲。

 やはり仕事でない、ガチンコ自主公演となると、「啼鵬とはいかに?」「弦楽合奏団弓組って?」という問いに、「こうです!」と答えるステージ。熟慮したプログラムに、何ヶ月もの稽古を重ねた公演を聴衆の皆様にお届け致します。

 1月最後の日曜日の午後、すみだトリフォニーへ!

2015年1月23日 (金)

さよならHR-V

 2015年は生活を見直す年、と決めたワケではありませんが、結果的にそうせざるを得ない状況に。現政権の経済政策であるアベノミクスは、まず大企業を潤して、其れを中小企業へ浸透というコンセプト。ま、たくみスタジオは零細も零細。こっちまで恩恵にあずかるまでには、相当な時間がかかるんじゃ...。

 今年に入ってまず見直したのが通信費(2015年1月6日参照)。これまでかなり余計にお金を払っていました。

Lasthrv3 そして今度はコレ。

そう、愛車HONDA HR-V。

欲しくなってから何ヶ月もかけて探し、

最終的にはHONDA Auto Terraceに勤めていた友人のお父上に頼んで購入(2006年6月25日参照)。当時10年は乗ると豪語したものの、1600ccという税区分は今となってはかなり負担。更に初年度登録から13年以上経つので、税金は1割増し。燃費はそこそこですが、タイヤ交換となると、最低6万ほどかかりますし、そして今月は車検。18万kmを越えた老体は、恐らく今回、タイミング・ベルトを交換しなくてはならないのでは? そうなると推定30万弱くらいかかるか...。

 結局経済的な事が引き金となり、もっとラニング・コストのかからない車へと。何しろMT車ですし、半分趣味で乗っていました。スペース・ユーティリティーも意外と良くなく、FITの方が余程良い事は、以前にも書きました(2012年8月20日参照)。この不況下、テーホーは趣味で車に乗っていられるような身分ではありませぬ。

Lasthrv09買ったときには34,000km。

15万km近く乗った事になります。

色々なところに行きました。

事故もやりました。お巡りさんにもお世話になりました。恐らくテーホーのカーライフのエピソード、殆どがこのHR-Vで語れるでしょう。

 恋愛ドラマの台詞じゃありませんが、「嫌いになって別れるワケじゃない」ので、ホント残念でなりませぬ。

 そして次に乗り換えた車とは...!?

2015年1月22日 (木)

思い出のフロッピー

 我が家が初めてパソコンを購入したのは、啼鵬が中学生の頃、1980年代後半。当時はパソコン業界に「競争」は無かったと言って良く、ほぼNECの独占。「国民機」という代名詞が付く理由はソコ。ビジネスなら98、ホビーなら88と言われていた時代。

 そしてうちは、父親の職場で使っていたという理由で、やはり国民機98を。9801vmという機種ですが、そこに搭載されていた記憶媒体が5インチのFDD。そう、やはり啼鵬にとってFDと言えば5インチ!

5infdd いらないものを処分している最中に、

また出てきました。

比較のために3.5インチと並べましたが、

やはりデカい。尤も当時はまだ8インチFDもあって、そっちはもっともっとデカい!

 この少し前の時代は、カセット・テープに記録するのが一般的。スピードも遅く、またエラーも起きたり。そこいくとFDは読み書きが速く、エラーも少なかったのですが、まだまだ高価なもの、という位置づけ。さすがにテーホーはその時代は経験していませんが、友達の中には、マイコン(マイクロ・コンピューター)と呼ばれたコンピューターで、ゲームをプログラミングしたりして、其れをテープに記録していました。

 この5インチ・フロッピー。恐らく殆どのマシーンがそうだったと思いますが、読み書きの音がうるさく、いちいち「ガッチャン、ガッチャン」と音をたてていました。これがまた、いかにも読み書きしている感じ。

 ところで変わったのはハード・ウェアやソフト・ウェアだけではありませぬ。パソコン用語も随分変わったものもあります。昔データを読み込む事は「Load」と言いましたが、今はファイルを「Open」と言うんですねぇ。いや、「開く」か。ディレクトリという概念は、フォルダというものに置き換わりました。

 今後もまた変わっていくのかしら。

2015年1月21日 (水)

名ソフト列伝:Notator SL

 大量のデータFDを捨てる事になったワケですが(2015年1月20日参照)、そのデータはATARIというパソコンのNotator SLというソフトのデータ。この名ソフト「Notator SL」の思い出話を。

Notatorslman 最初に購入したときは、

単に「Notator」という名前だったかと記憶しています。

C-LAB社というドイツの会社。

ソフトの定価も¥100,000ポッキリ。

消費税もギリギリ無かった頃のハナシ。

そのうちバージョン・アップを重ねるうちに、「SL」という名前が付くのですが、これは「Soft Link」の略で、文字通り他のソフトとリンク出来るというもの。今では珍しくも何ともありませんが、当時は「おぉ!」っと思った人も多かったハズ。外国では。

 ま、そのリンクするソフトというのは、動画作成ソフトだったりして、要は其れで作成した動画に、音楽を付けるといった使い方。しかしこの当時そんなものをATARIで以て使う人は、日本には居なかったかと。AMIGAならば居たと思いますが。

 結局ソフトの定価も¥120,000となり、更に廉価版「Notator ALPHA」とか出た記憶があります。

 思えばNotator SLはホント凄いソフトで、よくもまぁ非力なマシーンでここまでのコマンドをこなせたなと。何しろCPUにモトローラ68000の16MHz、メモリ2MBや4MBとかで走らせていたので、色々推察すると、OSだったTOS(The Operating Systemの略、そのまんまじゃん!)の出来が良かったという事か。

 とは言え、アタシのように、吹奏楽や管弦楽と言った、パート数の多い曲を扱うと、途端に重くなり、画面の再描画に数秒、音を再生するのも、「PLAY」を押してから数秒して始まる!などと、今だったらすぐにストレスに感じるような事も多々ありました。

Notatorslcart ちなみに写真右は、

ソフトを起動するためのカートリッジ。

これをポートに差し込んでおかないと、

Notator SLは起動しません。つまり不正コピー防止用。このスタイルは後のLogicにも受け継がれました。今だとネット経由での認証で済むんですがね。

 写真左は、MIDI出力ポートを増やす分配器。NotatorがC-LAB社からE MAGIC社になってからのオプション品。ATARIにはMIDI端子が実装していましたが、IN/OUTが1つずつなので、そのOUTを増やし、再生出来るパート数が多くなるという、夢のようなポート。MIDIチャンネルは16ですので、本体のOUTと合わせれば、64パート巨大オーケストラが再生出来る! MahlerでもStravinskyでも何でもこい!

 ま、テーホーのようなヘビー・ユーザーでも、さすがに64パート全部使う事はありませんでしたが、それでも通常の16chでは足らない事も多かったので、この分配ポートは非常に有り難かった。もちろん曲が肥大化するにつれ、「PLAY」を押してから音が鳴るまでの間隔は長くなるんですがね。

2015年1月20日 (火)

使う事の無いFD

 未だに音楽制作作業に、国民機NEC 98XXが現役である啼鵬。やはりデータのやりとりにはFDが欠かせないのですが(2014年2月26日参照)、さすがにもう廃棄してしまったPCのデータは必要ない...。そう、ATARIで使っていたデータです。

 そのATARIも先月処分(2014年12月22日参照)。そのデータは、Notator SLという、今のLogicの先祖のもの。LogicもVersion 2.xから3.0辺りまでは、このNotator SLのデータ(拡張子.son)も読み込めたのですが、啼鵬の使っていたLogic Audio Platinum 4.8(Windows最終版)では、もうムリ。

Fd2ddちなみにATARIでのフォーマットは、

なんとDOS互換で720KB。

つまり2DDタイプです。

もはや忘れましたが、ラベルの貼っていないFDは、まだ使っていないものなのかなぁ。まだ使えるかも。さすがにドライバやシステム・ディスクなどを、フォーマットし直してまで使う気力はありませんが。

 この前のATARI PC本体のときもそうですが、捨てずに飾って目の保養、思い出にふける、なんて事もしなくなりました。親にも「オマエも、ようやくモノを捨てられるようになったな」と言われたところ。PCに比べれば置き場所は遙かに極小のFDですが、捨てましょう。

Notatorslfd ちなみにコレがNotator SLのシステム・ディスク。

そう、たった720KBでソフトが動いていた時代。

さすがにフォントは別に読み込みましたがね。

ドイツのメーカーですが、FDがKAO(花王)なのが笑えまする。

2015年1月19日 (月)

大量のレコード

 ひょんな事から、大量のレコードを譲り受けました。これらは前の持ち主が、主に1970年代に南米で買ったもの。

Latinrecordsその方は、

鉄道の技術指導で彼の地へ。

南米各地に勤務したそうですが、

そこで好きな音楽のレコードを買いあさったそうです。

ざっと見てみると、

歌モノが多く、FolcloreやTangoが中心。中には日本国内盤もありました。

 これらの中には、もしかすると日本未発売の音源もあったりするのかしら。これからじっくり調べてみましょう。いやはや、宝の山を頂いたみたい。

2015年1月17日 (土)

第6回岸徹至ソロ・ベース・コンサート

 最近少々ご無沙汰している、ベーシストの岸徹至さん。彼が以前よりベース・ソロのライブをしている事は知っていました。なかなかタイミングが合わず、聴く機会が無かったのですが、今回6回目にして、ようやく聴けました。

Kishibass6th 彼の演奏を最後に聞いたのは、

彼のリーダー・グループ「strandbeest」。

同じ店でしたが、

何年前だったかしら。

そのときはまだ、

グループの一員、Vocalの伊藤大輔さんとも、まだ共演はしていませんでした。

 岸さんはまず音大にHorn専攻で入学、その後Bassに転向という、ユニークな経歴の持ち主。今回のライブも(恐らく毎回なんでしょうけど)、Bassの他HornやTubaまで登場。Loop Stationを駆使しての1人セッションから、本当にBassのリアルタイム演奏のみのガチンコまで、とにかく彼の魅力を余すところなく堪能出来るライブでした。

 また超絶技巧のスゴいこと。セッションでサイドに回っているときにはみせない、1人ライブならではの彼の側面をみた気がしました。

 何だかそういう面をみると、アタシなんかとは次元の違う世界のヒトなんだなぁ、という感じなんですが、マルチを標榜する啼鵬も、そろそろ誰の助けを借りないワンマン・ライブとかやって、鍛錬をしなくてはいけないかなと、とても刺激を受けました。仕事ばかりして、本来Artinst,Performerとしての啼鵬ってナニ?ってな事になりがちですからねぇ。

 尤も、何もやっていないワケではありませぬ。来週に本番を控えた弦楽合奏団弓組は、音楽面を全て任された啼鵬が、「こーいうのもいいじゃん?」と、世の中に問いかけるもの。テーホー・マニアにとっては必聴の公演。取り敢えず記念すべき5回目。頑張らなくては!

Img_20150116_231207 今回はFlute奏者の七海良美さんもライブに。

この3人にテツ様を加えてセッションをしたっけ。

2015年はアタシも何か、

これまでやっていなかった事をやろうかしら。

2015年1月16日 (金)

変わってからの天久保

 昔足繁く通っていたコピーセンター。そこが一気に様変わりしてしまった事は以前書きました(2012年5月9日参照)。あれから久しぶりに行ってみると...!?

Copycenter もしかして閉店しているのでは?

などと心配もしました。

取り敢えずお店はあって、

営業もしていました。いや、失礼!

 しかし大きく変わったことがありました。それは料金。昔は1枚¥8だったのに、¥10に! 今や某コンビニでは1枚¥5の時代。これは専門店として逆行してないかい?

 う~む、今後の動向が気になりまする。

2015年1月15日 (木)

チョー難曲【A Night in Venezia】

 今聴いてもよく弾いたなぁ、って感じですわ。録音をしたのは昨年1月(2014年1月27日参照)。そう、Jazztronikの野崎良太さんのでした。この記事執筆時点での新譜という事になるのですが、ようやく手元に。

CinematicJazztronikとは初めて。

まさかこんなに大変な曲とはねぇ。

恐らく野崎さんの考え得るTango、

全てを盛り込んだ超大作。もしこれをライブで再現するならば、Bandoneonは1台ではなく、数台並べてOrquestaにすると、更にこの曲の魅力が引き出せるかも!

 って、簡単に言いましたが、この「A Night in Venezia」だけでもチョー難曲だし、聴き応えもありますからね。この曲だけでもいつかOrquesta版で!

2015年1月14日 (水)

第39回高総文祭埼玉代表選考会

 昨年まで深く関わった全国高校総合文化祭。それは茨城が開催県だったためですが、来年度の代表選考会に呼んで頂きました。但し埼玉県の。

Saitamakobunrenもちろん器楽・管弦楽部門なので、

管弦楽、弦楽、GuitarやMandolinの合奏、

全部で13団体の講評を。

それにしてもGuitarのみの合奏、

もしくはMandolin(とGuitar)の合奏の団体、

多いなぁ、埼玉県は。茨城県にはどれくらいあるんだろ。殆ど聞いた事がありませぬ。

Creakounosu 会場はクレアこうのす。

埼玉県はJR他、鉄道路線も多く、

かなり広いイメージがあります。

鴻巣市は初めて降り立ちました。人口12万人弱だって。土浦市とほぼ同じ規模。でも今回の会場には座付き合奏団「アンサンブル鴻巣ヴィルトゥオーゾ」もあったり、全然土浦と文化レベルが違うじゃん!

 ところでその会場、駅から歩いて20分。運転免許センターの隣なので、バスも頻繁に出ているのですが、やっぱ歩くでしょ、健康のために。

Seseragikoen おぉ!

隣の公園にはC11も展示してあるではないか!

そう言えば昔、

土浦市長選に立候補した人が、○井跡地に鉄道博物館を作るなんて公約を掲げてたっけなぁ。

 今回は大きな驚きがありました。学生さん達の演奏の他に、招待演奏があったのですが、青山忠さんのMandolin Ensemble。そこのギタリストは金庸太さんでした。いやぁ、こんなところでバッタリ会えるとは。せっかくなので、講師席は2階席だったのですが、招待演奏は1階の真ん前で聞きました。金さんの演奏をお客として聞くのはチョー久しぶり。やはり巧い。

 そんな金さんと昨年はアルバムを作りましたが、そのレコ発。今年は関東でもやらなくては!

2015年1月13日 (火)

回転[しない]寿司

 先月、つまり昨年に入ってきた新聞の折り込みチラシ。そのデカさは、恐らくテーホーが地元新聞で見た中では最大。

Uobeiここまで大きくする必要があるのか、

ま、それはともかく、

何のチラシかと思えば、回転寿司。

いや、どうやらよく見ると、

回らない寿司らしい。

またうたい文句が、「回転寿司激戦区の土浦に出店」だそうな。ジモティーとしては、「ふーん」って感じですが、店の地図を見ると、そこには既に2店あるハズ。まさかそこへもう1軒!? そりゃぁ激戦区だわな、と思ってはいましたが、実際には既にある2店のうちの1店が閉店し、このお店に。

 そもそも回転寿司の最大のメリットは、たくさん握って(実際には機械の場合が殆ど)、作業効率向上やコストカットをする事。もちろんそれらは、お客さんが回っているものを食べてくれたら成立するものですが、食べられずに廃棄されるものも出てきます。

 回らずに1つ1つオーダーをとって作るって事は、その無駄を省く、って事なんだけど、つまり其れは、本来のお寿司屋さんとスタイル自体は一緒。ま、無駄を省く方が結果が成果を出しやすいというコトか。

 今後、この回らない安価の寿司屋さんが増えるのか。更には回る寿司というのは過去のものになり、「昔、お寿司って回ってたんだってね」なんて会話をする日も、数十年後にはくるのかも!?

2015年1月12日 (月)

Contrabassの新兵器

 1つの曲を違う楽器で並行して練習する、という初めての経験をする事になった、2015年の啼鵬オーケストラ・ライフ。一方はVioloncelloですが、もう一方はContrabass。

Extent1pon2そのContrabassでの練習に参加。

つまり2日連続でオケ三昧だったのですが、

今回から啼鵬はこの楽器で。

コレ、実は一本茂樹君から借りたもの。

見るからに年季の入った名器なんですが、

もちろん楽器としての善し悪しも去る事ながら、或る改造が施してあるので、フツーのContrabassではありませぬ。

Extent1pon1この仰々しいカラクリ。

最低弦を長くし、

通常よりも低い音が出るようになっています。

更にスゴイのは、

4つあるツマミを操作する事により、

その最低音を変える事が出来るという優れもの。また弦自体が長くなっているので、最低音が変わっても、押さえる左手の位置はいつもと同じ、というのが大事なところ。

 まぁ、なかなかこの便利さと凄さは、文字での解説では伝わりにくいですが、とにかく5本弦のContrabassを弾くよりも、はるかに弾きやすいし、またツマミを回すだけで、いつもと同じ調弦の楽器にもなるので、違和感全くナシ。

 せっかく借りた楽器。大いに活用せねば。

2015年1月11日 (日)

2014年オケ初め

 今年のオーケストラ活動も始動。先だって今月公演のある、弦楽合奏団弓組のお稽古も始まりましたが、自分がオケマンとして参加している団体では、東京プロムナード・フィルハーモニカーが最初。

Tpp12th0 今期ようやく参加出来た練習ですが、

3月の本番まで、

そんなに顔は出せそうにありませぬ。

それでいてメイン・プログラムはTchaikovskyの「悲愴」。まぁ、これまでViolaやContrabassで経験はあるものの、Violoncelloでは初めて。難曲だわね。

 ちなみにカップリングはBeethoveの「Symphony No.8」。これはアタシのホーム・グラウンドである土浦交響楽団でも今期取り上げます。つまり同じ曲をVioloncelloとContrabassと並行して練習に取り組むってワケ。初めての経験。

 しかも土響では秘密兵器を...!?

2015年1月 9日 (金)

Viola界のスター

 「Eテレ」というよりも、やはり「教育テレビ」と言った方が、アタシのように古い人間には馴染みがありますが、その「Eテレ」。ここ20年くらいでしょうか。番組内容がかなり面白くなってきたのは。テーホーがガキの頃は、例えば「ハッチポッチステーション」のような、完全にターゲットは大人の笑いなのに、子どもも観ていて笑える番組はありませなんだ。

 現在も特に夕方の時間帯は、大人が観ても面白い番組が目白押し。「おじゃる丸」や「忍たま乱太郎」も前世紀から続く長寿アニメ。今やEテレの看板アニメと言っても過言では無いでしょう。

 そんな中、何気なしに観ていると知った顔が!?

Violagentaroこの局の交響楽団に在籍するViola奏者。

アタシの録音にも、

よく参加して下さいました。

震災後のときなど、燕尾服姿で! アタシの仕事の後、世界のマエストロ、ノリントン翁指揮する本番を控えていたので(2011年4月18日参照)。

 それにしても何故Violaなのか? それとも彼のキャラ故? ちなみにこの番組のレギュラー出演している尺八奏者は、1つ上の先輩。そちらもいつもながらユニークな衣装で出演されていました。

2015年1月 8日 (木)

通信環境見直し【下】

 一昔前のメインの連絡手段と言ったら電話。固定電話しかなかった時代から携帯電話へ。Faxも登場しましたが、其れが主流になる事はありませなんだ。少なくともアタシの場合は。

 そして今や電話よりもメールでの連絡が主。これは電話の場合かける、そして出る、といったお互いのタイミングが合わない事も多いし、また仕事としては内容を記録しておきたい、というケースも多く、会話よりは文面でもらった方が便利というメリットも。

 って、事は通話用PHSだけだと、外出時に不便を来す。テーホーの場合は、携帯用メール・アドレスを持たず、あくまでPCのアドレスのみ。アドレスが増えると管理が大変。なので今まで端末は、メール専用に設定したものを持っていたワケ。でもたいして使わないスマホに金をかけるのは馬鹿馬鹿しい。

Zenfone そこで目を付けたのが、

最近流行の「格安スマホ」。

啼鵬が選んだのは@niftyがやっているNifMo。

とは言え、ご覧の通り回線はDoCoMoですが。

 思えば@niftyとは、NIFTY-Serveのパソコン通信からの長い付き合い。アタシが始めた頃はInter Netが普及するちょっと前なので、パソコン通信としては末期ですが、まだ通信速度も2400bpsで十分だった頃の話。こたつに入って電話線のジャックを引っこ抜き、パソコンにつないで通信していました。

 ま、思い出話は置いておいて、そのNifMo。申し込んでから宅急便で届き、セットアップを敢行。もちろん@niftyが端末を作っているのではなく、モノはASUSのZenfone5。これまた語り出すと切りが無いですが、ASUSは我々PC自作派にとっては、マザーボード・メーカー。ASUSTekの方が馴染みがあって、今は読み方が「エイスース」に統一されたようですが、当時は「アサステック」と言っていたものです。

Zenfone005sh 今までの005SHと並ぶと、

画面の大きさが全然違いますな。

しかも厚さも。

005SHはKeyboard付き端末ですから、その分分厚い。Zenfone5は時代の先端。うすっぺたいマシーン。世は其れを「スタイリッシュ」とか言うんでしょうけど、はっきり言ってマシーンとしての魅力は、全くありませぬ。

 テーホーのようなモバイル・ヲタクは、あくまでハードウェアの面白さを追求するのであって、大画面とか、動作がサクサク速いだとか、そんな事は「魅力」でもなんでも無いのです。こんなのっぺらぼうのお札、持っていてもなんもテンション上がりませんが、Keyboardフェチとしては、Bluetoothで組み合わせるKeyboardの方で、何とか使う楽しみを補いたいところ。

 ともあれ、これで通信費が見直され、恐らく今までの半額くらいで済む予定。で、次に見直すのは...!?

2015年1月 6日 (火)

通信環境見直し【上】

 元旦の記事で、今年は生活を変えなくてはと書きました(2015年1月1日参照)。その見直したもの第一弾が通信環境。これまでの啼鵬はPHSを2回線(通話用、メール用)に、スマホ1回線を契約。何もしなくても月に¥7,000以上かかるという、とんでもないバブリーな環境でした。

 ま、これにはワケもあって、昔DDI PocketからNTT Personal時代は当然1回線。それからW-ZERO3[es]が出たときに、端末の魅力に惹かれ契約。これをメール専用端末に。これでPHSが2回線だったのですが、@niftyのPHSアクセスポイントが廃止されると勘違いしたときに、1回線をスマホとのセットプランに契約(2012年3月14日参照)し直しました。これで合計3回線という具合。

Wide005sh しかもこのKeyboard付き端末005SH。

で、この3年間、

どれくらい使ったかというと...。

まぁ、定額を払っていた¥5,000分の通信費いっぱいいっぱい使った事など、全くありませぬ。何しろ通話はPHSなので、こっちは出かけたときにしか電源は入れませなんだ。

 とは言え、初渡米の際のESTA取得には、これが無かったら成田で泣いていたんですがね(2014年3月23日参照)。

 まずは、このスマホを解約しようと、土浦のY!mobileショップへ。するとスマホだけの解約は出来ないと言われました。PHSとのプランなので、PHSの機種変更をするときに、プランも変更すれば可能だと。

Liberio そこで急きょ機種変。

店にあったLIBERIOを。

久しぶりに京セラの端末ですわ。

思えば初めて契約したDDI Pocketの端末も京セラでした。

見た目はこれまで使っていたSOCIUSと大差ありませぬ。

そして無事、スマホは解約。ちなみにそのスマホは番号はありましたが、通話は出来ない契約。また解約後もWi-Fiで使おうと思ったら、そのままでは使えず。005SHはSoftBankショップに行って、機能制約解除をしてもらわないとダメらしく、ショップのお姉さんにやってもらいました。

Adesそしてメール専用端末だったコレも解約。

こっちは元々、

W-ZERO3[es]だったのですが、

写真のadvanced[es](通称アドエス)に自分で自己機種変(2010年9月13日参照)。って、W-SIMを差し替えるだけなんですがね。この名機アドエスは、現在啼鵬の経理部門を担っておりまする。今これが無くなると、結構大変。まだまだ現役で金銭出納管理を。

 ようやく通話用PHSのみになったところで、更に構築する通信環境は...!? 【つづく】

2015年1月 5日 (月)

さよならMK-80

 RolandがRhoseブランドで作ったKeyboard、MK-80。Keyboardとは言っても、いわゆるRhoseのElectric Pianoの音色に特化した、88鍵のステージ・ピアノとでも言いましょうか。1990年代に登場し、定価は¥350,000。

Mk80a啼鵬が入手したのは、

2000年くらいだったか。

秋葉原の楽器屋で。

もうその頃でも、あまり店頭では見かけなくなっていたのですが、たまたま店頭にあった中古品が¥89,800。飛びつきました。

Mk80b 何しろデカい!

そしてチョー重い!

この重さは、

鍵盤のアクション構造のためなのでしょう。配送を頼むと、これまた結構なお値段なので、土浦から軽乗用車を走らせ、持ち帰りました。

 そもそもテーホーはRhose Pianoの音色が好きで、さすがに本物は所有出来ないので、偽モノの中でも、本物に近い(!?)、このMK-80はホント欲しかったのです。

 ただ、買ってからどれくらい使ったかというと...。

Mk80c要するに、

Pianoの無い会場での演奏。

日立市の日高おんもさ祭りの野外ライブで使ったなぁ。

阿部篤志君が弾いてくれました。その後は、榊原大首相とやった「大啼奥義4手176鍵法」で(2007年4月15日参照)。

 う~む、買って10年以上経つのに、使ったのはほんの数回...。今ではコレよりも遙かにコンパクトな88鍵の電子ピアノもあるし、音色もMIDIで音源モジュールを繋げば、かなり幅広くなります。わざわざコレを使う理由はなくなりました。

 んなワケでお払い箱に。ちなみにコレを執筆しているときに、ネットオークションで検索してみましたが、数件出品されていました。皆5万以下のスタートですが、入札はされていません。恐らく何千円でも入札されないんじゃないかなぁ。

 ゴメン、せっかく買ったのに、あまり使わなくて。そしてアリガトウ。

2015年1月 4日 (日)

澤和樹還暦記念ファンド・レイジング・コンサート

 啼鵬が直接レッスンを受けたのは1回のみ。しかも高校生のときの自作品。「複弦楽四重奏曲(Double-Quartet)」とタイトルした弦楽器8本の曲で、1st Violinを頼んだNAOTO君が、「ボクの先生のところにレッスンを受けに行こう」と言う事で。

 それからの接点はなかなか無かったのですが、近年アタシの編曲作品を澤先生が演奏して下さったりで、急にご縁が。

Sawa60th そして今回、

先生の還暦記念コンサートで、

またもやアタシの編曲作品を演奏して下さる事に。

ソリストは先生の他、

お馴染み葉加瀬太郎さんとNAOTO君。

バックの弦楽合奏団は、先生のお弟子さんを中心に集まりましたが、何しろ先生のキャリアからすると、スゴイ人数が集まるワケで、しかも皆さん第一線で活躍している方達ばかり。

Sawa60th1 会場のG大奏楽堂に行くのも久しぶり。

これで3回目かしらねぇ。

何しろ新奏楽堂が出来たのは、

アタシが卒業した後なので。そう言えばココ、首席こと真部裕君もソリストを務めた協奏曲を弾いたっけ。

 演奏会はなんと3時間半に及ぶ、マラソン・コンサートでした。演歌歌手のようにステージ中央のせり上がりから登場。しかも楽器を弾きながら。トーク・ショーやスライド・ショーもあり、とても楽しいものでした。

Sawa60th5 終演後の打ち上げも、

普段入った事のないあのSY軒で。

また先生はホント、

お弟子さん達に慕われているんだなぁ、という感じで、和気藹々としていました。

 先生、還暦おめでとうございます! そしてアタシのような下っ端まで覚えていて下さって、有り難うございます。次は古希で!

2015年1月 3日 (土)

ゆ○のさとへ

 一字違いで大違い。かたや土浦市内のスーパー銭湯、もう一方は筑波山や加波山、関東平野の大自然に恵まれた温泉。

Yurinosato1存在は知っていましたが、

行くのは今回初めて。

自宅から車で30分ほど。

少し早い時間に行ったのですが、まず駐車場で行列。何かというと、メロンパンを買う人達でした。

 温泉に浸かって出てくると、今度はロビーで行列。今度は何かと思いきや、なんと食堂が開くのを待つ人達。もしやココは、温泉のみならず、グルメ系でも人気スポットなのか。

Yurinosato2 そして着たときには、

割と止められた駐車場が、

帰るときには路駐までしている有様。

まさか正月三が日だからここに来た、なんて人ばかりではないでしょう。普段から人気スポットなんでしょうねぇ。土浦でさえ知らない事が多いのに、ましてや周辺自治体の事など、まだまだ未開の地が多い...。

Yasaka2015 ところで今年は、

初詣が1月3日になってしまいましたが、

それでもこの行列。

何だかどこへ行っても行列、行列の日でした。

2015年1月 1日 (木)

今年もなおていで明けて

 皆様、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。

Ntcdl1415d2014年と同じく、

2015年もなおとくんとていほうくんで明けました。

恐らくお客様の中には、

前回のカウントダウン・ライブにもお越しになられた方もいたかと。ちなみに2013年もなおていでカウントダウンをしています、土浦で(2013年1月1日参照)。さすがに3年連続でいらしている方は...!?

 ほぼ1年ぶりになってしまったなおていライブですが、2015年は結成16年目に入るなおてい。今年は何が出来るやら。

 啼鵬個人の方はと言うと、ライブでも申し上げた「充電の年」。ちなみに2014年始めには「勉強の年」とか言っていたかなぁ(2014年1月1日参照)。ちょっと今年はホント、色々充電しておかないと、その後に響きそう。ま、2014年は笹本玲奈さんの仕事のために、ライフ・スタイルを変えました。そう、朝型に。それが功を奏して、公演を成功に導いた、と思っておりまする。

 で、2015年も色々生活を変えなくてはなりませぬ。さて、その内容たるや、いかに。

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