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2015年2月27日 (金)

MIDIの産物

 20世紀の音楽史上、最大の発明と言われるのがMIDI。Musical Instruments Digital Interfaceの略で、電子楽器の規格。それも国際標準。この規格が出来る前にも、似たような機能はあったのですが、MIDIのおかげで、ことポピュラー音楽の世界は、目まぐるしい発展をしました。

 電子楽器同士をつなぐ規格であるMIDIは、パソコンとも接続し、コントロール出来るもので、いわゆる「打ち込み」というのは、このMIDIで以てつながれたシンセサイザー、サンプラー等をコントロールするものです。

 ただ時代と共にこのMIDIは姿を変え、MIDI端子はUSB端子に取って代わりました。その方が処理スピードも速いし。

 更に言うと、USBでシンセやサンプラーにつながなくても、PCのソフト上で鳴らす音源(通称:ソフト・シンセ、ソフト・サンプラー)の発達で、打ち込みのみの制作ならば、(性能の良い)PC1台で事足りる時代に。

 余談ですが、MIDIの誕生で「打ち込み」が発達したために、それらが生身の人間の演奏に取って代わり、プレイヤーの仕事が激減したのも事実です。

A880a 今回紹介するのは、

まだMIDI機器を何台も駆使していた時代、

大活躍したマシーン。

MIDIパッチベイと呼ばれた、言ってみればMIDIの切り替え器。元々パッチベイというのは、Audio Visualの機材で、複数の接続された機器を切り替えるためのもの。それのMIDI版。

 前述のように、PC上で全て済むようになると、こういうモノは使わなくなります。そもそも今のMIDI機器はUSB接続ですし(あ、それだとMIDI機器とは言わないか...)。またその機能を置き換えた、USBパッチベイなんてものもないだろうなぁ。複数のUSB機器を切り替えて使う、なんて状況はおおよそ無いので。

A880b いや、あるのか?

PCにKeyboardの他、

Guitar型のコントローラー、

更に外部接続の音源、そして録音用のマシーンをつなぎ...。

 ま、そんな発想をする事自体、All In Oneの時代についていけてない事を露呈するようなもの。

 ところでこの、業界では定番だったRoland A-880。INとOUTをそれぞれ8個持ち、その接続パターンをいくつか記憶出来るというもの。と言っても啼鵬の場合、1度つないだらつなぎっぱなし。ならばもっとコンパクトなものはないのか?って感じですが、この1Uサイズのラックマウント・タイプというのも、何となくステータスでした。

2015年2月25日 (水)

あの頃のステカセ

 家庭で音楽を聞く主流メディアが、まだカセット・テープだった頃、ラジカセを持っているのは1つのステータスでした。テーホーも楽器を演奏していたせいか、小学2年生のときには親に(自分専用の)ラジカセを買ってもらっていました。SHARPの。

 それらはモノラルでしたが、ステレオになると、その外観も格好良く、やはりガキの憧れの的。世の中的にも価格競争が始まり、ステレオ・ラジカセは¥10,000を切るように。今でも覚えているのが、新聞の折り込みチラシに、FAIR MATEのステレオが¥9,980で売り出され、土浦市東若松町のカスミ・ホームセンター(現・ドン・キホーテの辺り)に並んで買いましたねぇ。安い事を理由に購入するテーホー家には、いつの間にか数台...。

 ちなみにモノラルはラジカセ、ステレオはステカセと言われていましたが、「ステカセ」という言い方は定着しなかったような気がします。

Aiwaradicase1その時代の産物。

AIWAのステカセ。

このデザインと言い、

当時、どういうものが「格好良い」とされていたかを、うかがい知る事が出来まする。このモデルはアタシが購読していた旺文社「中○時代」の広告にもあった気がします。それだけ中学生をターゲットに、ガキが欲しがるデザインを頑張ってた感満載なマシーン。

Aiwaradicase2 またダブル・カセットが当たり前になり、

3バンドのイコライザー、

更にはアラーム機能も付き、

不在時でもラジオ番組等が録音出来たというもの。そしてラジオの周波数帯の所をご覧あれ。テレビのチャンネルも。NHKのチャンネルは、FMの延長で受信出来るので、標準搭載されていたステカセは多かったのですが、これは民放のチャンネルまで受信出来た、少し高機能版!? ま、地上ディジタルとなってしまった今では無理ですが。

 更にカセットからカセットにダビングする際に、倍速で出来ました。カセットならではのワザですが、当時は「でも、ノーマル・スピードの方が、音質はイイ」とか思っていました。ホントか...!?

 ついでに言うと、ダブル・オート・リバースというのもポイント。当時は片方だけがオート・リバース、というのも珍しく無かったので。え?オート・リバースを知らない。カセットをひっくり返さなくても、自動で裏側も録音再生してくれる機能。え!カセット使った事ない! そういう人も増えているんだろうなぁ。

 これを購入したのは、土浦市真鍋にあったLaox。今のくら寿司の辺り。展示品限りで定価よりもかなり安く。そう、この頃から啼鵬は中古品を買っていた、というか買ってもらっていたのですが、その中学時代から今まで購入した中古品は、車からパソコンまで数知れず。殆ど当たりで、その後相当使い込んでいます。中古運が良いんだな。

2015年2月24日 (火)

首席ストリングスの一員

 今年の録音仕事、手始めはまず編曲でした。いきものがかりのツアーで使う音源。

Sokokashikorec1思えばいきものがかりのツアー音源制作は、

もう3回目。

毎回、編曲と演奏とで関わらせて頂いております。

そう言えば前回はClarinetでも録音を(2013年7月31日参照)。その前はPianoで。そして今回はと言うと...!?

Sokokashikorec2Contrabassでした。

実は真部裕Stringsが録音したものに、

重ねて録音。

って事は、真部ストリングスの一員って事になるかネ。ブースが狭いので、後から録ったのですが。

 それにしても首席の弦チームは、いきものがかりの他、NHKラジオ第1「新日曜名作座」など、啼鵬編曲のものを多く手がけておりまする。いや、今となっては、アタシのスコアの大半を弾いている事になりまする。そのチームに加わって自分も弾くとはね。

2015年2月22日 (日)

委嘱作品第壱号再演

 人(団体)に頼まれて作った作品は「委嘱作品」。自発的に作った曲と区別されます。アタシも何曲かありますが、初めての委嘱作品というのが再演されました。

 頼まれたのは1993年。大学2年のときでした。委嘱をしてきたのは所属していた土浦交響楽団のTrombone奏者。彼はレントラー・トロンボーン四重奏団という室内楽を組んでいて、そのコンサートで演奏するとのこと。初演は水道橋のバリオ・ホール。

Ttc28thこの当時はClassic作品は本名の「松本匠」で、

ポップス関係の仕事は「啼鵬」で、

と思っていたので、

クレジットは「松本匠作曲」に。タイトルは「Piazzolleando」。ピアソラ風に、とかピアソラのようにといった意味です。

 初演以来演奏はしていなかったので、生演奏を聞いたのは20年以上ぶり。やはり若かったな、という感じ。そしてまだ勉強中の学生という、得体の知れない作曲家に、委嘱作品という大きなチャンスを、よくぞ与えて下さいました。

 作曲家「啼鵬」は寡作家で、決して作品数は多くありませぬ。もちろん多作だから偉いとか、スゴイとか、そういうのはありません。と言いたいですが、やはりたくさん作っている人は、尊敬されているかなぁ。

 ちなみに見る人が見ると寡作家、多作家、曲に何となく特徴が出ているのが分かります。矢継ぎ早にたくさん作る人の作風って、何となく分かるもんなんです。

 今年は久しぶりの委嘱作品を抱えているので、少し腰を据えて音符と向き合わなくては。

2015年2月21日 (土)

紋別の船着き場

 このところ探検隊の出番はめっきり減りましたが、今回の紋別でも全く出番無し。まぁ、考えてみれば「まずいもの」を探すなんぞ、世にモノが溢れている証拠。この不景気では、「ちゃんとした」ものしか生き残れず、「よくこんなんでやっていける」といった食べ物は淘汰されてしまうのでしょう。つまり「まずいもの=バブルの象徴」ってとこでしょうか!?

Nisiyaramen 紋別で頂いた塩野菜ラーメン。

ガリンコ号の船着き場にあります。

よく観光地の飲食店は、

「まずくて高い」というイメージがつきもの。それがとんでもない。ここのラーメン、スバラシイ。そう言えば長野の善光寺近くのお蕎麦屋さんも良かったっけ(2014年10月16日参照)。やはり最近はそういう傾向なのかしら。

Nisiyasoftcream そしてスバらしかったのはラーメンのみならず、

このソフトクリームも絶品!

写真でも分かるでしょ、

見るからにクリーミーな感じ。

なんか、久しぶりに「ちゃんとした」ソフトクリームを食べたような...。

良質のチャーシューの載ったラーメン、そしてソフトクリーム、とくれば連想するのは葉加瀬太郎さんかなぁ。

 次にこのお店に来たときには、ガラムマサラ・ラーメンを。

2015年2月20日 (金)

紋別の夜

 流氷科学センターでのライブを終えたYaeバンド一行。レセプションを終えてホテルに戻りましたが、啼鵬は越田太郎丸さんを誘って、海を見に。

Img_5822 実のところ、

「これからラーメン行きません?」って事だったのですが、

ホテルのフロントに、

この時間やっている、

一番近いラーメン屋さんを聞いたところ、

さっきレセプションをやっていた会場の隣! まぁ、さすがにそこまで戻るのも...って事で海へ。

Monbetsunight2 なかなか風情ある感じ。

海に何となく見える氷も、

ちょっとだけ流氷っぽい。

残念ながら今回は、遠くの海から流れ着く流氷は見られず、地元の海が少し凍っただけのものしか見られませなんだ。

Monbetsunight6 さすがに人影もなく、

アタシと太郎丸さんの2人きり。

紋別最後の夜でした。

2015年2月19日 (木)

久しぶりの-20℃の世界

 これまで-17℃の帯広、-24℃のワルシャワと記録更新してきた半袖テーホー。まぁ、風が吹いていたりすると、体感温度はもっと低いのですが、今回の紋別、演奏会場となった流氷科学センターでは-20℃の世界を体験出来る部屋がありました。

Giza3 この日は悪天候で、

ガリンコ号に乗れなかったので、

会場下見を兼ねて流氷科学センターへ。

1500匹ものクリオネを観たり、竜巻を発生させて触ってみたり、アストロ・ビジョンを観たり。そんな中、この部屋へ。いやぁ、周りが騒ぐ程ではありませぬ。何しろアタシは何時間も半袖でワルシャワの町を歩き回ったんですから。

Giza2 ちなみにアタシの持っているのは、

濡れたハンカチです。

振り回すと凍ってしまいました。

ま、冷凍庫とたいして変わりないですからね。とは言え、何度も言うようですが、たいした事はありませぬ。風もないし。

Giza1 気温で言えば、

外の方が高いでしょう。

しかしコレです。

吹雪いているため、余程こちらの方が体感温度は低いのでは?

 ところで冒頭に-17℃の帯広と書きましたが、これはアタシが訪れた日がたまたまそうだっただけ。帯広は-30℃以下になる事も珍しくないので、この-17℃は温かい方。

 いつ最低記録更新となるか...。

2015年2月18日 (水)

オホーツクとっかりセンターへ

 今回の紋別行き、一番楽しみにしていたのは、流氷をかち割りながら進む船、ガリンコ号に乗ることでした。

Garinko11しかし残念ながら、

乗る予定だった日は欠航。

そりゃそうです。

予定日は紋別に到着した日だったのですが、飛行機が飛ぶか飛ばないか、なんて話をしているくらいですから、悪天候では就航出来ませぬ。この写真は帰る日に船着き場に寄って撮りました。

Garinko09ま、仕方無く、

流氷と一緒に写真を。

ちなみに20年ほど前、

網走で流氷船に乗りましたが、そのときも半袖。いつか写真が見つかったらアップしましょう。

 結局ガリンコ号に乗るはずだった時間が空いてしまったので、オホーツクとっかりセンターに行こうという事に。「とっかり」とは、アイヌ語でアザラシの事だそうな。

Tokkaricenter5 ココに限らず、

アザラシのショーをする水族館は、

たくさんあるかと思いますが、

多くは野外です。案内して下さった地元の方も「ここは冬には来るもんじゃない」と仰っていましたが、この時間お客さんはYaeバンド関係者のみ。貸し切りだわね。

Tokkaricenter1 ただ、

ちょうど水槽の清掃時間で、

水抜きがされていました。

とっかり君達の泳ぐ姿が観られませんでした。来客密度を考えれば、変なタイミング。何となく持病を思い出してしまったですよ。

2015年2月17日 (火)

学会の定番

 学会と言えばレセプション!ですよねぇ? 何しろ身近な人々からは、しょっちゅう学会の話を聞くのですが、殆ど縁の無い職業ですので、皆目見当も付きませぬ。あ、去年はその学会の会場で演奏したねぇ...(2014年9月30日参照)。

Hoppoken30th3 紋別に着いた夜は、

その滅多に参加しない学会のレセプションへ。

たくさんの人。

そして食べ物も。地元企業のブースっぽい感じだったり、恐らくボランティアっぽいお母さん達の手作りの感じだったり。アタシは越田太郎丸さんとここで食事。本来の目的は、YaeさんのコンサートPRなんですがね。

Hoppoken30th2 何しろ芋洗いの混雑で、

食べる場所の確保が大変。

なのでちょっとレッド・カーペットを拝借。

しばらくするとアナウンスが。

「ここで、明晩行われるホワイト・コンサートの...」と、

壇上の幕が開き...ってオイ、こんなところで食べてる場合ぢゃない!急いでお皿とコップを片付け、幕間から登場したYaeさんの邪魔にならないように。

 あー、びっくりした。

2015年2月16日 (月)

第23回ホワイト・コンサート

 無事紋別入りしたYaeバンド一行(2015年2月15日参照)。今回我々は、第30回北方圏国際シンポジウム「オホーツク海と流氷」という学会の市民公開講座に出演。

Hoppoken30thって、あれ!

さかなクン先生がいらっしゃるじゃない。

と思いきや、

残念ながら交通機関の影響で来られず。

紋別市民の皆さん、

楽しみにしていただろうに。では、せめて我々の演奏を!

Whitecon23th1 我々の演奏会場は、

流氷科学センターという、

アトラクションと言うか、

なかなか楽しい場所。本番前には館内を見せて頂きました。そのときのレポートはのちほど。ロビーにこうしてステージを特設。なんかまるでNHKのセットみたい!って思うのは、恐らく斜めに設営しているからか。

Whitecon23th2 今回の啼鵬のセットは、

Bandoneon,Violin,Clarinetの他、

こちらで用意して頂いたKeyboard。

YAMAHA P-250でした。

コレ、初めて弾きましたが、

なかなか素晴らしい。Roland党のアタシも納得の機材。ライブ冒頭では、Yaeさんも弾き語りで使用。

 第2部最初は、急きょ「Libertango」を越田太郎丸さんと演奏。23回目となるホワイト・コンサートですが、Bandoneonが登場したのは初めてだそうで。加えて言えば、4種の楽器を操るマルチ・プレイヤーも初めてかしら。

 吹雪の中、ご来場頂きましたお客様、有り難うございました。

2015年2月15日 (日)

紋別市へ

 2015年に入って初めての旅仕事。北海道は紋別市へ。しかしこの日、北海道が悪天候のため、いくつかの便が欠航。我々も、もしかすると東京に戻るかも、という状況下で搭乗。

Ohohtskairterm果たして揺れはしたものの、

無事オホーツク紋別空港に着陸。

1日1往復しかないのですが、

飛行機が横付け出来ないため、こうしてタラップから下りました。トーゼン啼鵬は半袖ですが、気温自体はたいして低くないものの、強風でブリザード状態。ま、そんなもんでしょ。

Monbetsuicefes 少し前には、

もんべつ流氷祭りがあって、

こんなスゴイ建物が!

氷で出来ているんですぜ。札幌の雪祭りにしろ、最後には溶けて無くなってしまう芸術作品。儚いものは美しい!?

Violinflightcase ところで今回、

本番ではViolinを使うため、

初めてフライト・ケースを借りました。

こちらに楽器を入れ替え、

このケースで機内持ち込みに。

楽器を移動するって、大変です。そしてまさかアタシ、Violinと共に海を渡るたぁ思わんかった。

2015年2月14日 (土)

あのときの三田の夜

 田町と言えば、母親の勤めていた職場がありました。テーホーが生まれるもっと前の話。それくらいしか縁の無い土地なのですが、弟が出演するライブがあるので、行ってみました。

Temptertions このお店も40年以上やっているそうで、

もしかすると、

母が勤めていた頃に出来たのかしら。

この日はVocalのKAYOさん、

Pianoの上保一恵さんと弟佳秋のTrio。

弟の演奏を純粋に客として聞くのは、何年ぶりかしら。

Lostswing そう言えば記憶にある町並み。

SWINGがあった場所の近く!

1度だけ聞きに行った事がありました。

あれも何年前だったか。お店の名前はSWING倶楽部だったか...。

 今回上保さんとも数年ぶりに再会。彼女の切れ味良いSwingyなPianoを堪能しました。

2015年2月13日 (金)

デスクジェット・プリンター

 啼鵬のように、少々パソコンに関して古い人間は、HPはヒューレット・パッカード、しかも横河ヒューレット・パッカードというのが、なじみ深いです。もう20年以上前の話。このDeskJet Printerというのも、HEWLETT PACKARDのブランド。

Pcpr101aそのヒューレット・パッカードが、

NECにOEM供給していたプリンター。

PC-PR101/J110Rというもので、

まずこの見た目が特徴的。またこの当時、カラー印刷が出来るのは特記事項で、この機種の場合、Windows3.1上で可能でした。もしかしたら、どこかのマニア殿がDOS上でも可能にするドライバとか作っていたかも知れませんが。

 確か360dpiだったかと。モノクロ印刷でビジネス・ユースでは十分なクォリティで、アタシもかなり使い倒しました。そもそも今ほどカラー印刷の必要性が無かったし。

Pcpr101b ちなみにヒューレット・パッカードからも、

日本で発売する同型機種を出していましたが、

そちらはボディの色がネズミ色、もとい、グレー。

ちょうどこの文字の色のような感じで、それがまたなかなかカッチョイー感じでした。NECが発売するとこの色になってしまうのは、この当時のパソコンを知る大きな手がかりです。今でこそカラフルな色合いのPCですが、この頃は薄いベージュとかホワイト、と言ってもちょっと曇っていたり。SHARP X68000が黒、観月ありさがCMをやっていた、富士通FM-TOWNSがネズミ色、そういったごく少数派を除けば、やはり国民機NEC98(と88)は薄いベージュ!

Pcpr101c ところでこのプリンター、

使わないときには、

こうして折りたためる!

べぇんり、便利。って最近、こういうの無いですね。プリンターは大型化、そして複合機へと進化。携帯用の小型プリンターは、数年に1度くらいの割合で登場しますが、イマイチ流行りませぬ。

 つまりはテクノロジーよりも、それを使う側のワーク・スタイル。今後そういうニーズが出てくれば、急激にその分野も華やかになるのでしょう。その場でプリント出来るカメラが未だ根強い支持を得ているように。

2015年2月12日 (木)

チューチューホイホイ

 その昔、このBlogが始まって間も無く、実家の守り神について記事を書きました(2005年9月5日参照)。実家には、何故かネズミが住み着き、夜な夜な天井をトコトコ走り回るようですが、この前行ってみると、どうやら捕獲作戦が...!?

Chubychu「こんなもんで獲れるんかい?」

と思うのですが、

なんと2匹も!

ま、中身の写真は控えますが、ここは通り道なのでしょう。

 それにしても何故ネズミは住み着くのでしょ。こうして捕獲しても、既に子ネズミが育っているのかしら。壊滅はムリかぁ。

2015年2月11日 (水)

アメリカンな肉

 先日出演させて頂いた、土浦のライブハウスCOUNTRY(2015年2月8日参照)。そのオーナーさんが、つくばでレストランをやっているので、早速行ってみました。

Buddys2 そこは肉、肉、肉のお店。

葉加瀬太郎さんとか喜びそう!

なんでも、本来のアメリカ式のバーベキューなんだそうで、

日本で言う薄い肉を炭火で焼くのではなく、大きい肉を直火から遠ざけ、じっくり焼くのがアメリカ流。しかも凄い賞金額の大会などもあるみたいです。

Buddys3 あまりに美味しかったので、

上の写真のBBQ Ribsの他に、

BBQ Chickenも追加。

この日はホント、

肉を堪能。

久しぶりに「肉で」お腹をいっぱいにした感じでした。

 こういうのを食べるとつくづく、土浦・つくばエリアにも、美味しいお店が増えたなぁ、と思いますねぇ。ランチもやっているので、今度行ってみたいです。

2015年2月 9日 (月)

A.R.C.の前座

 2015年に入って、初めてのライブを敢行したA.R.C.。今回はグループにとって、初めての事がありました。なんと前座が付いたのです!自分が(大物アーティストの)前座をやった事はありましたが、自分達に前座が付くなど、いやぁ、A.R.C.も偉くなったものです。

Arccountry01しかもやってくれたのは、

啼鵬が最も注目する若手、

マルチ・プレイヤーの稗田隼人君。

今回はViolinとのDuoでした。

 彼にはA.R.C.にもサポートとして出て頂きましたが、今日だけでもGuitarra,Arpa(小さいHarp)にContrabajoと、アタシがBandoneonしか弾いていないのに、何とも嫉妬してしまうくらい。

 彼のArpaを聞いたのは初めてでしたが、とにかくマルチ・プレイヤーとして進化し続ける稗田隼人君からは、当分目が離せそうにありませぬ。

2015年2月 8日 (日)

A.R.C. en COUNTRY

 土浦でもう30年にも渡りやっていたというCOUNTRY。土浦駅から霞ヶ浦側に歩いてすぐのところにあるライブハウス。

Country1 いやぁ、啼鵬も土浦に住んで40年近く。

まだまだ知らない事ばかり。

ホント、NHK教育テレビじゃないですが、

「探検~、発見~、ボクの町」ですよ。言ってみれば土浦の老舗ライブハウス。そこに我らA.R.C.が初登場。恐らくTangoのライブは初めてではないかと。

Arccountry05またキャパシティも手頃で、

3~4人のユニットだったら、

会場の隅々まで音が行き渡る感じです。

エンジニアのスタッフさんは、ご自身でもDrumerなので、音に対して非常に敏感。A.R.C.にとって丁度良い音作りをして下さいました。

Arccountry06 またこのお料理!

打ち上げで頂いたのですが、

ご飯が美味しい、

というのは、ライブハウスにとって、チョー重要な要素なのです。それは出演者にとっても、お客さんにとっても。でしょ? 「あそこの店、メシは不味いけど、○○さんが出るから...」なんて、悲しいじゃないですか。

 A.R.C.にとっては、2015年最初のライブでした。雨の中、お越し下さいましたお客様、本当に有り難うございました。

2015年2月 7日 (土)

6年ぶりの再会

 毎年共演している吹奏楽。茨城県内のバンドで初めて共演したのが、関城吹奏楽団(2009年3月2日参照)でしたが、このたび6年ぶりに再び共演する事になりました。しかも関城吹奏楽団の記念すべき20周年記念演奏会!

Sekijo20threh1 リハーサルに行くと、

前回の共演でのっていたメンバーも、

かなり居ました。

指揮も前回と同じ、Saxophone奏者の豊田晃生君。共演2回目ともなると、私の書いたスコアに対して、彼は的確に解釈し、バンドに指示を出していました。何しろ彼の結婚披露宴でも演奏しました(2011年10月2日参照)。気心知れた仲です。

Sekijo20threh2 この日は筑西市のCATVの取材も入り、

PRのための撮影も。

アタシもインタビューを受けました。

会場になる筑西市生涯学習センター(ペアーノ)も20周年だそうで。ダブル20周年!
 今回アタシの出るステージは、選曲から全て任され、まぁ、言ってみればやりたい放題!? 前回と全く違う啼鵬ワールドが満喫出来ます。

 3月1日(日)はペアーノへ。

2015年2月 6日 (金)

U4のACアダプター

 チョー久しぶりに稼働させた、AKAI professionalのU4(2015年2月5日参照)。マシーン本体も去る事ながら、動作させるには電源が必要。U4は単3電池6本! まぁ、今でこそアルカリ電池は¥100ショップでも安価に買えるものも多いですが、このマシーンの発売当時、アルカリ電池は相当高価なものでした。

 んなワケで、もっぱらACアダプターで以て電源供給なのですが、コレを買うときに一緒に購入したACアダプター。店員さん(確かLAOX楽器館)が、「市販品で大丈夫ですよ」と。

U4adaptor実はソレって、

結構ショーゲキでした。

それまでACアダプターは、

(高い)純正品しか買った事が無く、と言うか買わされていました。其れはたまたま使っていた機器が、純正品を買わせるような戦略で、+-の極性を反対にしたり、端子の大きさを変えたりで、市販品を対応させなかったりとか、とにかく選択肢が無かったというのも事実。ま、値引きも殆どされない、そういったオプション品。メーカー側はそれで利益を得るワケですが、それが自社製品で無い、(安い)市販品で事足りるというのは、なんて寛大なメーカーなんだ!と思ったものです。

 結局数百円の安価な市販品を買いましたが、そのACアダプターも今回健在。ある意味、この頃は安いものでも、そんなに粗悪品は無かったのでは? 今のようにモノの溢れた時代だと、相当ヒドイものもあるでしょ。

 尤も冷静に分析すれば、太っ腹メーカーだからこそ、経営破綻してしまうのかナ。アタシはRoland党のため、あまりAKAI製品には縁がありませんでしたが、というかAKAIのサンプラーは歴史的名機のため、高価で手が出なかった...。テクノロジーの発達した現代に於いて、あまり見かける事のない、骨のある企業の1つだったと言えましょう。

2015年2月 5日 (木)

名機AKAI U4復活

 以前、楽譜の無い曲を音源から起こす作業をするために使うマシーン(フレーズ・トレーナー)を紹介しました(2010年4月21日参照)。今はMP3やWAVEデータを扱えるフレーズ・トレーナーを使っていますが、今回はネット上にある音源から、楽譜を作らなくてはならず、どうしようかと。

 ま、色々方法はあるのですが、今回は久しぶりに名機AKAI U4を引っ張りだし、PCのヘッドフォン端子に直結。再生した音源をU4に流し込み、それを繰り返し聞いて採譜という具合に。

U4thinkpad520 何しろ最後に使ったのも覚えていないくらい。

果たして電源が入るのか、ってレベルですよ。

マシーンとしては、私が中学生のときに発売したもの。

四半世紀以上前に製造されました。これがなんと、きちんと電源が入り、全く問題無く動作しました。非常に使い勝手の良い大きなダイヤルも健在。

 当時は音質の悪さを我慢したものですが、今聞いてみると、さほど気になりませぬ。アタシの耳が悪くなったのか、寛容になったのか。そんな事よりも、この無段階の速度可変ダイヤルが、どれほど素晴らしいか。今使っているフレーズ・トレーナーは、ノーマル(スピード)とハーフ(スピード)の切り替え。やはりこれだわ。

 性能では遙かに劣るU4ですが、機能、使い勝手は他の追随を許さない。今、音楽系に限らず、そういうの減ったなぁ。昔は使い勝手の良いマシーン、結構あったように思うのはアタシだけか。

2015年2月 4日 (水)

土浦のモンブラン

 「土浦の特産品は?」と聞かれれば、「レンコン」と即答しますが、「何かオススメは?」と聞かれると、やはりコレは外せませぬ。

Kogetsudomon駅前の洋菓子屋さんのモンブラン。

テレビでも紹介された事から、

市外からも買いに来るお客さんも。

 ただお店には駐車場がないので(これはかなり痛い)、なかなか簡単には行く機会を得ず、テーホーもこれまで買ったのは2回ほど。電車で都内に出るときに、土浦駅を利用するときもありますが、帰ってくる時間にはもう閉まっていますし。

 今回行くと、デコレーションを勧められました。いかにもテーホーが喜びそうなものもあり、いつか其れも紹介しましょう。

2015年2月 3日 (火)

Keyboardだらけ

 気が付くとPC用のKeyboardが山のように。本体を処分するときに、一緒に処分すれば良かったのですが、そればかりでもありませぬ。このBlogの熱心な読者諸君であれば、テーホーがKeyboardフェチ、転じて突起物フェチである事はご存じの通り。

Keyboards店頭で「ウォッ!」と思ったKeyboardは、

すぐに試したくなるクチ。

高額でなければ即購入。

んな事を繰り返しているうちに、貯まってしまったワケ。

 で、この貯まってしまったモノ達は、新たに買ったものではなく、元々PCに付属していたものが殆ど。そこにアタシが試しに買ったKeyboardを接続しているもんだから、御役御免に。

 ただ、近年ではテーホーも究極のKeyboardを使うようになり(2011年4月26日参照)、単に形状が珍しい、見せかけのKeyboardには食指が動かなくなり申した。

 しかしながらKeyboardは消耗品。打てる回数というのは、一応寿命があって、ハードに使えばそれだけ使える期間は短くなります。当然よく使うKeyからダメになっていくワケで、それが1つでもあれば、他のKeyが正常でも、もうそのKeyboardは使えませぬ。

 そうなったときに、プロ仕様のKeyboard(静電容量無接点方式)を使うアタシにとっては、大変な出費を強いられる...。

2015年2月 1日 (日)

広島焼き

 広島のスタイルのお好み焼きを「広島焼き」と言うと、怒られたものです。「そんなもんは存在せん!」と。ちなみに「広島のスタイル」いや、「広島式」とでも言いましょうか、「広島風」としないのは、どうやら店舗数では広島式が日本で一番多いのだそうで。そう、「大阪風」よりも。なので一番多いのに「~風」と付けるのはおかしい!と。

Hiroshimayaki1 で、その「広島焼き」。

これはどう突っ込んだら良いのか。

ここ数年はご無沙汰ですが、

広島滞在時には毎日のようにお好み焼きを食べていたテーホーにとって、これは食べないワケにはいきませぬ。

Hiroshimayaki2税込み¥600。

見た目は広島式お好み焼きと同じような...。

ちなみに上の写真でも確認出来ますが、

使っているソースの幟はありませなんだ。オタフクソースとか、カープソースとか、広島では普通お店の前に立てていますよ。

Hiroshimayaki3まぁ、中味は焼きそば。

広島式お好み焼きの特徴でもある、

たくさんのキャベツは、

あまり見当たりませぬ。つまりそこが「広島焼き」たる所以!? そうなのかなぁ。

新人職人 「親方、キャベツはこのくらいですか?」

広島焼き職人 「オイオイ、そんなに入れるなよ。フツーのお好み焼きになってしまうだろ」

 なんて会話があるのかしら。しかし、今回食べたものは、明らかに「キャベツの少ない広島風お好み焼き」ではなく、単に焼きそばが中に入っている「お好み焼き風の食べもの」でした。恐らく広島のヒト100人にこの「広島焼き」を食べさせても、「ナニ、コレ?」と言う人が9割、1割が「このお好み、キャベツ少ないな」と言うかも。

 それくらい、まず「お好み焼き」ではなかったってコト。一体ナニ、これ。

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