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2015年5月31日 (日)

モダンタンゴ五重奏団【悪魔と天使:千秋楽】

 2日間の公演なので、初日と千秋楽しかないのですが、モダンタンゴ五重奏団の2015年「悪魔と天使」と題したライブ。

Mtq2015f無事千秋楽を迎えました。

これまでモダンタンゴ五重奏団は、

4人のBandoneon奏者が参加しましたが、

どうやらアタシは「マニアック」担当という事のようで、それはある意味、貴重なテーホーを聞く事になりまする。何故って? 啼鵬が音楽監督をしているTrianguloやA.R.C.のプログラムは、相当ポップですよ。Tangoとしては。有名曲8割、良さを知って欲しくて紹介の意味で取り上げる曲1割5分、あとの5分はその他(笑)って感じですから。

Mtq2015g そして、

一般論というか、

得てしてマニアックな曲は難しい!

技術的にも音楽的にも。つまりはモダンタンゴ五重奏団は、アタシにとっては鍛錬の場ですわね。

 そう言えば昔、「あべかやてつトリオ」ってのがあって、其れに参加していた萱谷亮一君も言っていました。「ここはオレにとってはひたすら鍛錬の場だね」と。大事です、そういう場は。

2015年5月30日 (土)

Mandolin界にショーゲキ

 広島の千秋楽の話はちょっとおいておきます。モダンタンゴ五重奏団のライブを終え、翌朝広島から都内のリハーサル場所に直行。
 今回はMandolin Orchestraとの共演。恐らく世界初ではないか?とも言われました。オケの団長曰わく「Mandolin界にショーゲキが!」という事だそうで。
 まだ初めてのリハーサルだったので、これからお互い音楽を作り上げていきますが、その課程も楽しみです。

1432994493581.jpg

2015年5月28日 (木)

モダンタンゴ五重奏団【悪魔と天使:初日】

 4年振りのモダンタンゴ五重奏団への参加。リハーサルも無事に終え、会場入りしました。

Mtq2015c 実はちょっとしたトラブルがあり、

リハーサルの後に、

広島中を駆けずり回っていました。

と言ったら大袈裟か...。

そう、足らないものが出てきてしまい、

その調達のためにお店を何軒かね。その話は後日。

 前回4年前の公演でも、Live Jukeでの本番がありました(2011年9月7日参照)。なので勝手知ったる...という程でもありませんが、大体様子はね。

Mtq2015a 初日ではContrabassの徳原さんの、

あのトークが炸裂!?

いやはや、やられました。

テーホーをあそこまでネタに出来るのは、金髪センセと徳原さんくらいなもんですねぇ。

Mtq2015b 今回のプログラムは、

割とコアな感じです。

そこら辺も我がTANGO OGNATと違う部分で、

前にも書いた通りカブる曲もあるのですが、バンドとしての方向性も分かる部分でもありまする。この日の演奏も、色々思うところがありました。

 お忙しい中お越し下さいましたお客様、有り難うございました。

2015年5月27日 (水)

悪魔と天使のリハーサル

 前回の広島入りは、大変なトラブルに見舞われました(2011年9月5日参照)。其れに懲りず、やはり移動は夜行バスで。

Hiroshimabus今回は時間通りに運行。

20:00に新宿を出発し、

翌9:00には広島に着きました。

聞いた話ですが移動手段の中で、飛行機、電車、バスとくれば、一番確実なのはバスなんだそうで。飛行機や電車は悪天候ですぐ不通になりますが、バスは何時間かけても行くんだそうで。

Mtq2015reh1 早速移動。

久しぶりに会うメンバーとリハーサル。

しかも見ればギタリストの徳武正和さん、

楽器を新調しているではないか!

いいなぁ、新調出来る楽器がある人は。

Bandoneonなんて新調って言ったってねぇ。そう言えば徳武さんの楽器は何度か変わりました。前回はセミ・アコに(2010年6月9日参照)。今回はフル・アコです。

Mtq2015reh2 明日から2デイズ。

4年振りのモダンタンゴ五重奏団です。

その成長を是非ご覧下さい。

2015年5月26日 (火)

4年ぶりのM.T.Q.へ

 啼鵬の人生40年ちょっと。その中で「なおとくんとていほうくん」や「Triangulo」、自身の「Los Maestritos del TANGO」など、長くやっているグループはいくつかありますが、この広島を拠点とするモダン・タンゴ五重奏団も16年。決して短くはありませぬ。

 最後に演奏したのが2011年のツアー(2011年9月6日参照)。少し空いてしまいましたが、今年久しぶりに広島2デイズをやる事になりました。

Mtq2015 思えばこのバンド、

音楽的にはPiazzollaの五重奏団を再現するものなので、

TANGO OGNATと全く同じですが、

TANGO OGNATの場合は、

Piazzollaの音楽を再現するに加え、

そこから受けるインスピレーションによって、

各プレイヤーの創造を盛り込む、というコンセプトです。そしてそのアイディアは、この広島のモダン・タンゴ五重奏団をやらなければ生まれませんでした。

 今回奇しくも1ヶ月空いてTANGO OGNATのツアーもあります。当然同じ曲もやります。自分の中ではその2つのバンドの中での立ち位置の違いで、出てくるものが変わってくるのではと。

 ではこれから広島へ! 前回の移動では、かなりすったもんだしました(2011年9月5日参照)。果たして今回は...!?

2015年5月25日 (月)

土浦で震度5弱

 ちょうど自宅に居ました。強い揺れがきて、そのあと更に「ズドーン」という感じでもっと強い揺れ。

Tsuchisindo5a報道では土浦が震度5弱で、

一番揺れたらしい。

どうりでねぇ。

ま、東日本大震災のときにはここら辺は震度6弱だったし、もっと長い地震でしたから、これくらいで驚いてはなりませぬ。

 テレビでは「棚からモノが落ちている様子はない」と報道していましたが、こっちは落ちまくり。普段いい加減に収納してますからね。モノが落ちるスゴイ音もしていました。さすがに何か壊れる程ではないと。

Tsuchisindo5cそして夜、

飯の支度をしているとき。

さて浅漬けを器に入れようと、

食器棚を見ると!? 「あれ!壊れとる!!」食器棚のガラス戸の中が滅茶滅茶。この組み立て式の家具だったのですが、テーホーが作るときに手抜き工法でもって、木工用ボンドをつけずに組み立てたもんだから、枠が歪み、棚が落ちました。そうか、スゴイ音ってこの棚が落ちて食器がグシャグシャになった音だったんだ...。幸い食器は割れませんでしたが。

 この修理は広島から帰ってからだなぁ。今週は久しぶりに広島のモダンタンゴ五重奏団です。

2015年5月24日 (日)

公園で運動会

 小学校が改築しているために校庭が使えず、運動会を他の場所を借りて開催。と一口に言いますが、これってすっごく大変な事です。いつも自校の校庭で運動会をやっていた学校にとっては。

 一番大きいのが駐車場問題。児童数400数十。車を一家に1台としてもやはり400台以上の駐車スペースが必要で、今回借りた運動公園では、とうてい賄いきれませぬ。

 それでも周辺施設の協力を経て、何とか確保。

Nihari2015a開催にこぎ着けましたが、

当然準備もいつもと勝手が違いまする。

学校から必要な機材を運び、

前日に設営をしました。ちなみにこの設営、啼鵬は仙台に居たため手伝えず。PTA本部役員なのに...(涙)。

 その代わり、でもありませんが、当日は朝7:00前から駐車場係として、お借りした企業の敷地への案内を。

Nihari2015c そうそう、

相変わらず的屋の皆さんも。

ちなみに土浦市内はたいてい土曜日開催。

しかし今回は準備もあるので我が校は日曜日開催。なので被らずに済んだ!?

 ここの運動公園は広いので、人口密度がいつもより疎になると思っていましたが、いざ設営してみると、そうでもありませんでした。

Nihari2015dそして終わると、

まるで何事も無かったかのように。

このセッティングとバラし。

皆さんの協力のお陰で、迅速に行えました。...ってアタシは閉会後も駐車場係だったので、全く関わっていないんですが...。

 そしてアタシも最後の1台まで見送り、任地を後に。

Undokai2015気が付くと顔が真っ赤に焼けていました。

運動会の最中も、

保護者撮影エリアの管理で、

ずっと外に立ちっぱなし。お肌も焼けるわね。久しぶりですよ、こんなに焼いたの。母校の臨海合宿も無くなって久しいし。

2015年5月23日 (土)

仙台第二高校吹奏楽部第28回定期演奏会

 3月に1度ご一緒した仙台第二高校吹奏楽部の皆さん(2015年3月28日参照)。今度は定期演奏会にお邪魔する事になりました。しかも創部60周年記念!

Dsc_1179あれから新入部員の皆さんも増え、

新たなサウンドに。

よく現場では言われる事ですが、1学年入れ替わるだけで、バンドのサウンドはガラリと変わります。サウンドだけでなく雰囲気も。

更に驚いたのは、アタシとの共演曲「Adios NONINO」は、OBの皆さんも加わり、総勢90人近くのバンドに!

そう言えばかつて、「東北吹奏楽の日」というイベントに出演させて頂きましたが、そのときも古川高校、古川女子高、岩出山高校、宮城学院女子と、やはり90人近くのバンドとご一緒しました。

話を戻しましょう。今回は創部60周年記念ともあって、内藤淳一先生の新曲世界初演もあり、加えて名門仙台二高とくれば、会場はたくさんのお客様。アンコールの「情熱大陸」も非常に盛り上がりました。

聞けば今日はいくつかの学校の定期演奏会が重なったとのこと。シーズンなんですねぇ。お暑い中お越し下さいましたお客様、有り難うございました。

2015年5月22日 (金)

常磐自動車道全線開通

 東日本大震災で、常磐自動車道広野IC~冨岡ICが通行止めになりました。この開通には相当時間がかかるのでは?と思っていました。ましてや常磐道全線開通など、アタシの目の黒いうちには実現しないと、本気で思っていました。それくらい福島第1原子力発電所の事故は、東海原発を抱える茨城県民にとっては深刻なもの。

Jobaniwakijct それが全線開通!

つまりこのまま行けば仙台に行けるなど、

夢のようであります。

ちなみにいつもですと、ココいわきJCTで磐越道に入り、東北道でもって仙台へ。今回は常磐道のまま仙台へ。

Jobancarnavi ただ開通したのは最近の話なので、

カーナビには道がありませぬ。

なので到着予想時間も分からず。

ちなみに前述の磐越道経由と常磐道のまま仙台に行くのとでは、後者で10km以上短縮されまする。

Minamisomakashima また、SAの整備もこれからのところも。

写真は南相馬鹿島SA。

しかもSA、PAはかなり間隔が開くようで、

お手洗い問題が浮上しそうです。

 確かに交通量でいけばかなり少ないので、整備も後回し...とかだと困りますねぇ。

2015年5月21日 (木)

神栖中央公園

 久しぶりに仕事で神栖市へ。波崎高校吹奏楽部への楽曲提供から、神栖市民音楽祭に出演(2010年12月26日参照)。翌年の音楽祭では「第九」の指揮も(2011年12月25日参照)。これは今思い出しても涙なしでは語れないものです。後に波崎小学校の校歌を作曲させて頂いたり。

 そんな県東地区に、昨年は吹奏楽コンクールを聞きに行っただけでしたが(2014年8月2日参照)、この日は仕事で。

Kamisucentpark1 すると国道沿いに、

見慣れない公園が!

神栖中央公園だそうな。

聞けば去年出来たとのこと。コンクールを聞きに行ったときには、気が付かなかったなぁ。

 東日本大震災以降、こういった公園は避難場所としての機能を重視され、この公園も例外ではありませぬ。ちゃんと防災施設も完備。何しろ神栖市は、海がすぐそこ。ひとたび大地震がくれば、津波の心配もありまする。

Kamisucentpark2 公園中央はまるで古墳のように、

高台になっています。

ここに避難してくる事態は遭遇したくありませんが、

備えあれば憂いなし。

 ちなみに神栖市と言えば風力発電。海の中にそびえ立つプロペラは、今やテレビでもよく見かけまする。

Kamisucentpark3 こちらには今後、

アリーナが出来るようです。

公園建設と言えば、

今茨城県で最もホットなのはつくば市。300億円以上もかけて公園を建設するのを、8月に住民投票で以て民意を問う事に。

 隣の市ながら密かに注目しております。

2015年5月18日 (月)

MINOLTA α-7000

 世界で初めてオートフォーカス一眼レフカメラを世に送り出したのは、NikonでもなければCanonでもない。当時のMINOLTAでした。

Minolta7000コレがその第1号機α-7000。

この前の筑波万博展(2015年4月30日参照)の片隅に展示。

つまり同時代だったという事。

さすがに当時のガキには手が届かない、というか一眼レフを駆使するほどのカメラ小僧はいないか。ただ啼鵬が中学時代習った、技術家庭の先生が持っていて、一眼レフがオートフォーカスになった事が、どれだけスゴイ事なのかを力説してくれました。開発当初は、14インチ・カラーテレビほどの大きさだったとか!? もちろんブラウン管のですよ。

 ちなみに啼鵬も小学生高学年から中学生にかけてはカメラ小僧。先に一眼レフを使うガキはいないか、と書いておきながら、中学に入るとOLYMPUS OM-10を所有。テストで良い点をとる度に、交換レンズ、ストロボやワインダーを(ご褒美に)買ってもらっていました。

 MINOLTAはその後コニカと合併。そう小西六って表記してあったのが懐かしい。そのコニカのフィルム、よく応募していた「子供の科学」の写真コンテストの参加賞でもらっていました。

 KONICA MINOLTAとなってから、カメラ部門はSONYへ。今SONYのデジカメで「α~」が付いているのは、其れを引き継いだから。技術力のあるSONYだけど、これまでの数々の製品の運命を考えると、今後大丈夫かいな?って気もしますがね。

 ところでオートフォーカス一眼レフがMINOLTAならば、其れに初めてストロボを内蔵させたのはOLYMPUS。OM707というのが世界初、ストロボ内蔵オートフォーカス一眼レフでした。しかし其れがOLYMPUS最後のレンズ交換式AF一眼レフとなってしまうのも、何ともファンには悲しい事実。

2015年5月17日 (日)

交響曲第7番ホ短調

 間違いは誰にでも、何にでもあって、誤植などその典型。

Lsobru7最近見た中ではコレ、

かなりのもんです。

有名オーケストラの公演で!

まぁ、「ノヴァーク版ではホ短調なの?」

とかツッコミたくもなりますねぇ。

もちろん正しくは「ホ長調」です。

 誤植で言えばアタシの字、未だに間違われます。つまりは定着していない証拠か...(涙)。「蹄鵬」「帝鵬」「諦鵬」。最後のなんか「諦(あきら)める」ですからね。もはやネタですよ。

 やはり多いのは「啼(てい)」の字の方か。「鵬」を「鳳」と書かれる事は、殆どありませぬ。

 昔「口帝 朋鳥」と書かれたものがありました。「口」「帝」「朋」「鳥」と4文字も使って! この方法だと、「葉力口瀬太郎(はりきぐちせたろう)」「榊原太(さかきげんた)」と同じです。覚えています?この2人。かぁなり前、ぴあに載っていました。

2015年5月16日 (土)

裾ギュゥ

 ここ数年毎年、結婚式に出席しておりまする。

R0013152今回はこの方と。

何となく一本茂樹君同様(2012年9月11日参照)、

あまり見慣れないスーツ姿に、

少々違和感がありましたが。アタシ?アタシャこのギョーカイ、最もスーツを着ている男ですもん。

 もちろんこの日も演奏を。逆に、披露宴に呼ばれて演奏しない、ってパターンは殆どありませぬ。

 近年呼ばれる結婚式は、ホント料理が美味しい。一昔(と言っても30年くらい)前なんて、恐らく選択肢も無かったのでしょう、どこも同じでしたし、味も今から思えばフツー。伊勢エビのグラタン風のヤツとか。もちろん子どもにとっては大ご馳走でしたが。

R0013148_2 今回なんてコレ!

料理をなさる方は、

「ほぅ!」と思うでしょう。

このストウブで1人1人にお肉料理が。

んもう、鍋ごと持って帰りたいくらいでした。

もちろんお肉もチョー美味しかったです。

 ところで今回の新郎新婦の付き合うきっかけ。デートの際に手をつなげなくて、裾をギュゥと持っていたそうな。なんと初々しい。「壁ドン」ならぬ「裾ギュゥ」。これからはコレだな。

R0013153 ところで今回は、

絵描きさんが入り、

出席者の似顔絵をリアルタイムに描いていました。

榊原大さんとアタシ、どこだか分かります?

 とても楽しい披露宴でした。お二人さん、お幸せに!

2015年5月14日 (木)

続々:思い出の筑波万博

 よく観光地などにあるグッズ。そこでしか買えない玩具など、そういうのはテーホーみたいな人のためにあるのでしょう。そういうの、すぐ欲しくなります。

Longtomica コレなどはその代表選手。

筑波万博話のついでに。

常磐線(トーゼン国鉄)万博中央駅(現・ひたち野うしく駅)から乗った連節バス。

定員は150人以上なのですが、弟と2人で乗ったときには、運転手さん入れても5人だったか。

 実際のバスはエンジンがVOLVO、ガワは富士重工製。ミニカーはTOMY。何故か商品名は「ロングトミカ」。やはりVOLVOだからか、スエーデン館で購入。¥1,000。

 やはりチョー人気グッズで、スエーデン人(だと思う)のお兄さんが、売れたレシートの控えを読み上げて、この「ロングトミカ」ばかりを笑っていたのが印象的でした。

 ま、先の記事にも書きましたが(2015年5月1日参照)、開幕初期は観客動員がなかなか厳しかった筑波万博。これら100台あった連節バスも、どれだけポテンシャルを発揮したことか...。恐らく鮨詰め状態なんて無かったでしょうねぇ。閉幕直前でも。

 その100台。多くは外国(どうやらオーストラリア)で余生を。さすがに30年前の車両。今も現役ってのは無いとは思いますが、更に発展途上国で酷使されていたりして!?

2015年5月12日 (火)

カラヤンとフルトヴェングラー

 誰もが認める世界最高峰のオーケストラ、ベルリン・フィルハーモニーの次期音楽監督は、結局は決定には至らず。音楽界のコンクラーベは一筋縄ではいかない!

 この団員が話し合いで音楽監督を決めるのは、カラヤンの後からだそうで、そのカラヤンは「終身契約じゃなきゃやんない」と言ったにも関わらず、自分から辞めました。ま、実質的には終身契約だったんですがね。

Karafur 最近読んだ本の中では、

特に面白かった本。

「カラヤンとフルトヴェングラー」。

略して「カラ・フル」!?

こういうのを読むと、

音楽(活動)は才能だけじゃダメなんだなぁ、とつくづく感じますな。尤も彼らの場合は、才能が大前提なんですが、どうもこの本を読むと、そこは正にスルー。彼らを取り巻く時代背景、政治的背景、そして「駆け引き」。

 恐らく帝王カラヤンは、音楽的才能の他に、この「駆け引き」の才能があったのでしょう。そしてお世辞にも「駆け引き」は上手でなかった、もう1人の重要な指揮者チェリビダッケ。

 この三者の事を書いた本なので、本当は「カラヤンとフルトヴェングラーとチェリビダッケ」、略して「カラ・フル・チェリー」と題する本だね。

2015年5月11日 (月)

NAOTO君の曲集2

 2011年に出版されたNAOTO君の曲集(2011年6月4日参照)の続編です。

Naotoduo2勿論ウリは、

現在放送中のNHK「スタジオパークからこんにちは」の

テーマ曲「HIRUKAZE」が入っているコト!

なんですが、

実はさりげなく凄い本になっています。

 今回はオリジナル作品の他に、「チャルダッシュ」や「調和の霊感」といった、音楽史に残る曲をNAOTOバージョンで出版しています。これがどれほど「スゴイ」事なのか、その凄さを説明するに、なかなか言葉が見つかりませんが、例えば協奏曲やソナタなど、そういった曲の校訂は、然るべき奏者や学者さんがやります。それらは海外の有名出版社からでています。

 例を挙げるとメンデルスゾーンの「ヴァイオリン協奏曲 ホ短調」。通称メンコン。ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出ているのは、イーゴリ・オイストラフの校訂・編曲。カール・フィッシャー社のは、レオポルト・アウアー。ペータース社のはカール・フレッシュ。と、ほんの一部ですが、有名曲ともなると、何人もの人のバージョンが出ているワケ。

 ちなみに今回NAOTO版で出している「調和の霊感 作品3の8」は、オイレンブルグ/ブライトコプフだと、ホグウッド先生が校訂・編曲。

 クリストファー・ホグウッド。日本ではNHK交響楽団も指揮しているので、指揮者として有名でしょうか。編曲作品も多く出版されていますが、音楽学者のイメージも強い方。アタシが指導している団体が、先生の編曲されたハイドンの交響曲を取り上げたことがあり、スコアを吟味した事がありました。

 そういうのと肩を並べてんのよ、NAOTO君の曲集。分かってんのかなぁ、金髪センセ。

2015年5月 9日 (土)

シピーレンに参加

 カタカナで書くと何語?ドイツ語?って感じですが「市P連」、正式には「土浦市小中学校PTA連絡協議会」。今年度からチビの通う学校のPTA役員をやる事になり(それも副会長!)、こういった行事にも参加。

Shiptaren2015a 場所は市内のホテル。

総会の後に講演会。

「人間関係とコミュニケーション」と題した講演、

殆どアタシは実践しているものでしたが、なかなか面白かったです。特に先生の歌。ギター片手に自作曲を弾き語りとはチョー驚き。最近の教授センセは、歌も歌えなくちゃダメ!?

Shiptaren2015b その流れを汲んでなのかは分かりませんが、

なんと市P連バンドが余興を!

Vocalには新会長さんが。

土浦市P連始まって以来だという話ですが、土浦市内小学校19校、中学校8校、それぞれのPTA役員が集まれば、相当な数です。中にはバンドをやっている人もいるでしょう。こういうのを「時代が変わった」と言うのでしょうか。

 ところで参加人名簿を見てビックリ。小学4年生のときの担任の先生が、校長になっているではないか! そのとき先生は新任で、つまりアタシのいたクラスは、教師としての門出のクラスだったってワケ。しかしテーホーも含めて、相当な悪ガキの集まりでした。

 ちなみに「アンタ、人生で一番ワルだったのはいつ?」と聞かれれば、間違い無く「小学4年生のとき」と答えるくらい、テーホーが一番荒れていた頃。なんと可哀想な先生。ま、初めにそういうのを経験すると、その後は何がきても!? なんてのは酷い言い訳ですが、先生にご挨拶すると、先生の笑顔は当時のままでした。

 参加してみるもんですねぇ、こういうイベント。地元ならではのエピソードです。

2015年5月 8日 (金)

HR-Vの思ひで【プラスXccの余裕】

 2015年になって啼鵬の生活が色々変わりましたが、中でも大きかったのがカー・ライフ。愛して止まなかったHONDA HR-Vを廃車にして、軽乗用車に乗り換えたのは、年明け早々の話(2015年1月25日参照)。

Lasthrv01ま、ぶっちゃけ経済的な理由が一番大きいのですが、

実用半分、趣味半分で乗っていたHR-V。

そもそもテーホー、

趣味で車を選ぶなんぞ、100年早い。って事に気付いたからってのも大きい。

 その実用部分ですが、この1600ccという、実にビミョーな排気量。誰もが「1500ccじゃダメ?」と思うところ。そのプラス100ccのおかげで、税区分は1ランク上。昔あったカローラVSサニーじゃないんですから、「プラス100ccの余裕」なんて...。

 で今は、100ccどころか1000cc違う車に乗っているワケで、その差と言ったら。先日の長野行きなど(2015年5月4日参照)、恐らく同じ80km/h巡行でも、排気量の小さい車と大きな車とでは、全然違うんだろうなぁ、と思うこの頃。

 今年はまだ長距離移動の予定があり、其れに向けて体力をつけなくてはなりませぬ。

2015年5月 7日 (木)

山形でもらった納豆

 話はOut of the Standardのツアーに戻りまする。ツアーの楽しみと言えば、各地のグルメ。加えて啼鵬の場合は探検隊のネタ探しもありますが、今回は納豆に関するものも、いくつかありました(2015年4月19日参照)。

Shiokojinatto_2これもその1つ。

山形で友人から頂きました。

「普通の納豆じゃないんで、

普段のつもりでたくさんのせて、

ガーッといかないで下さい」と言われました。

取り敢えず少しのせて食べてみると、うん、確かに。もはや納豆と言うよりも、佃煮の感覚かも知れませぬ。勿論それでいて紛う事なき納豆です。

 各地にあるんでしょうな、こういった納豆の派生モノは。茨城だとさしあたってしょぼろ納豆漬かしら。アレ、大好きです。高いんで、しょっちゅうは買えませんが。

2015年5月 5日 (火)

大縁日であの店

 このBlogに何度も登場している(2014年12月21日参照)、長野のカレー屋さん。今回の善光寺御開帳イベントでも出展していました。

Daienjoyguruま、出展って言っても、

店の軒先で販売してた、

ってだけの話ですが。

でまた、性懲りも無く。

Joygurukeba買ったのは、

チキンとキャベツをナンで巻いたもの。

写真は食べかけで短くなっていますが、

結構長かったです。で、長野Bandoneon倶楽部のメンバーと一緒だったのですが、食べている間はどうしても無口になり、何となく「恵方巻き」を食べている気分に。

 さすがにスタンプ・カードに捺印はお願い出来なかったなぁ。

2015年5月 4日 (月)

善光寺御開帳2015「日本一の門前町 大縁日」

 何故長野でジンギスカンを食べたかと言うと(2015年5月3日参照)、このイベントに参加した打ち上げでした。

Daiennichi北陸新幹線が開通して、

初めてのゴールデン・ウィーク。

そこにきて今年は、

善光寺の御開帳。

長野駅のリニューアルも済み、

お客さんをお迎えする準備は万端。

このイベントも、たくさんの人々が関わっています。

 我々長野Bandoneon倶楽部が参加したのは、あの長野五輪の表彰式会場になったセントラルスクゥエアの特設ステージ。

Daien4出演したのは夕方でしたが、

日も長くなっているので、

まだ明るかったです。

会場の周りには、啼鵬が好きそうなお店がたくさん出店。そう、地元特産品から遠方からのB級グルメなど、様々なお店が並びました。

Daien2 我々の特記事項としては、

長野Recorder倶楽部の皆さんとコラボレーション。

この日のために、

3月から練習を重ねていました(2015年3月22日参照)。曲は小松亮太君の編曲した「La Cumparsita」と、アタシの編曲した「El Choclo」。小松君と長野Recorder倶楽部の皆さんは、実はNHKの番組で共演していて、そのときの曲でした。

 短い時間でしたが、充実したステージでした。聞いて下さったお客様、有り難うございました。

2015年5月 3日 (日)

長野でジンギスカン

 このところご無沙汰していたジンギスカン。まさか長野で食べる事になるとは思いませなんだ。
 しかもこれは演奏した後の打ち上げ。じゃ、その演奏とは...!?

1430683811526.jpg

2015年5月 1日 (金)

続:思い出の筑波万博

 万博というと、やはり記念硬貨。大阪万博のときの千円銀貨などは、小学生コレクター啼鵬からすると、とうてい手に入らない高嶺の花。その当時¥10,000くらいしていて、安い店でも¥6,000はしましたから。

Expo85c 筑波万博は500円玉。

これは持っていました。

やはり切手とか硬貨を集める趣味は、

主に小学生の頃にやるもの。凝り性のテーホーはタイムリーにも筑波万博のおかげで、この500円玉も入手。ただこういう趣味は、中学生になると一気に冷めていきますな。

Expo85b_2 そして筑波万博のマスコット。

コスモ星丸君。

思えば今のゆるキャラのハシリなんでしょうか。

ビミョーにゆるくはないケド。声はなんと、富田耕生さんだったんですねぇ。あのジャッキー映画でお馴染みのトン・ピョウの声!と言っても分からんか...。

Expo85d このチケットも懐かしい。

万博中央駅(現・ひたち野うしく駅)。

VOLVO製の連結バスに乗り、

会場まで行きました。弟と2人だけで行った事がありましたが、広い車内に、我ら兄弟の他2~3人。そう、筑波万博は開幕からしばらくすると、来場者数の少なさに悩む事になるんですわ。

 何しろ3月から9月までやっていたイベント。我が家が最後に行ったのが最終日の1日前だったか。その日は確か31万人と、最も多かった日でしたが、普通の日は6万人とか、そういう数字を新聞で目にしたのを覚えています。

 そしてその万博を当て込んだ建てられた宿泊施設。当然万博が終わればどうすんの?って事になります。更にはそのときに急に増えたタクシー...。

 華やかな思い出のみが記録として残りがちの「歴史」ですが、ま、色々大変だったんでしょうねぇ、その前後は。

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