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2016年4月21日 (木)

追悼:真島俊夫先生

 真島俊夫先生の訃報が入ってきました。吹奏楽界では説明の必要の無い、もはやレジェンドと言える先生でした。

Nobuyacinema 啼鵬がご一緒したのは、

前世紀の話。

Ennio Morriconeのカバー・アルバムで、

私も1曲編曲を提供し、自らBandoneonも弾いたのですが、このとき前のセッションの編曲を先生がされていたので、そのままStringsを指揮して頂きました。そのStringsにはNAOTO君も参加していました。

 最後にお会いしたのは2008年9月(2008年9月23日参照)。と言うよりも、これが2回目だったのですが、啼鵬は吹奏楽においては門外漢ですし、同じ書き手の立場だと、現場が一緒になる事はなかなかありません。故にこの2回が啼鵬にとっては、大切な思い出です。

 心よりご冥福をお祈り致します。

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コメント

私にとって、真島先生の作品といえば、やはり「波の見える風景」でした。この時代の吹奏楽コンクールの課題曲は本当に素敵な曲が多かったと未だに感じます。
上記の曲だけでなく、「風紋」「渚スコープ」「テイク・オフ」など、マーチではない曲は時間との制約もあり、必ずしもコンクールで演奏できたわけではないのですが、それでも印象に残って、大人になって吹奏楽団を結成してもやってみたい曲の一つに挙げられるというのは、単にコンクールという枠組みを越えているのではないのかと思います。

今の学生さんにも、一度は触れてもらいたい作品群が多いのに、なかなか接する機会がないのは残念な限りです。私的には、大栗裕作品なんかも優れていると思うんだけどな~。

ところで、啼鵬さんはチャレンジされないのですか?
ぜひとも、21世紀の吹奏楽史に残る課題曲を!!!!
(既に、チャレンジしているのでしたら、申し訳ありません。。。)

> 語る会さん
 私見ですが、真島先生がいなかったら、日本の吹奏楽レパートリーは、かなりつまらないものばかりになっていたと思います。先生の作品のみならず、それに刺激されて書かれた作品を考えれば、影響力は非常に大きかったと思うのは私だけではないはずです。
 一昔前は携わっていたジャンルですが、コンクールの「勝ち負け」に固執する顧問と大喧嘩をして以来、基本的には関わらなくなりました。とは言え去年関わった長野県の高校、上の大会にいきました。ここの顧問は「勝ち負け」ではなく、曲を、音楽を、奥深くまで探究しようという姿勢がみられました。学生さん達にも良いものを残せたと思います。

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