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2016年5月 9日 (月)

追悼:冨田勲先生

 作曲家、と言うよりも日本に於ける電子音楽の第一人者とも言うべき冨田勲先生が亡くなられました。啼鵬は面識どころか、お会いした事もないのですが、実はちょっとした関わりがありました。

 旺文社が主催する全国学芸科学コンクール。コンクールと名の付くものには、極めて縁のない啼鵬が、珍しく応募したのがコレ。現在も続いているんですね。しかも名前も「全国学芸サイエンスコンクール」となって。

 啼鵬が応募したのは中学2年のときの第31回と、翌年第32回。現在は無くなってしまった音楽部門の審査員を、冨田勲先生がされていました。つまりは啼鵬作品を先生はご覧になられた...。

Nasc1987第31回のときは銅賞を頂きました。

この盾が其れです。

第32回のときには、

入賞通知はきたのですが、結局1位ナシでずれたようで入選1、つまりは4位相当だったので、メダルを頂きました。

 ちなみに音楽部門は他の部門と比べると、桁違いに応募数が少なく、啼鵬が応募したときも50点ほどでした。他は何千、何万点ですからね。だから廃止されてしまった?

 銅賞になった作品はオーケストラ作品。今から思えば作品と呼べるような代物ではありませんが、自分で指揮をした土浦交響楽団の演奏を添付。そうかぁ、先生、土響の演奏を聴かれたんですわ。

 先生の残された功績は、日本楽壇にとって計り知れないものです。心よりご冥福をお祈り致します。

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コメント

えー、土響の演奏で応募していたのですか?すごーい。連続して賞もすごーい。

富田作品、新日本紀行とか大好きでした。新聞では亡くなられる1時間前に好物のウナギを食べ、出版社と仕事の打ち合わせをなさっていたと書いてありました。これもすごいですよね。

> HIROKOさん
 最近は、ついこの間まで元気だった人が亡くなる、という訃報が多いですよね。何がきっかけになるか分からないものです。

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