祝:土浦交響楽団創立40年
啼鵬よりちょっと年下の土浦交響楽団。その40年前に市民オーケストラを作るという事が、どれほど大変だったか。今とはかなり事情が異なります。
そもそも楽器をやっている人間がどれくらいいたか。恐らく吹奏楽でも同じ事かと思いますが、先人の苦労話を聞くと、今がウソのように思えまする。
恐らく1979年か1980年。
父が家で練習していた曲は、
今でも耳に残っていますし、幼いときに聴きに行った演奏会も、うっすら覚えていまする。例えばサラサラの髪を振り乱してViolin Concertoを弾いていた土浦音楽院の先輩、田崎瑞博さんとか。もっともガキの頃なんで、殆ど寝ていたと思いますが。
1981年に初めてBeethovenの交響曲第9番「合唱付き」をやるのですが、当時10万人都市の市民オーケストラが第九をやるのはかなり珍しく、いや日本で初めてとも言われ、テレビの取材が入りました。豆粒ほどに映ったCelloを弾く父をブラウン管で見つけたり。
という事もありますが、
青春時代の大半を過ごした、
と言っても良いくらい、土浦交響楽団で過ごした時間は長いものでした。
高校生のときにViolinで入団。すぐにVilolaに転向。その間、首席や運営委員もやったり。そしてここ8年ほどはContrabassに。次はどうしよ。
拙作「交響的変容」を初演して下さった団員の皆様、有り難うございました。
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お疲れさまでした。初演を演奏できて幸せでした。ありがとうございます。隣で父上も感無量だったのではなかろうかと。私は23年目だからまだまだひよっこですねえ。頑張ります。50周年は是非合唱曲を!
投稿: HIROKO | 2016年12月 5日 (月) 22時59分
> HIROKOさん
自分は努めて大衆的な方向にいこうとしているのですが、今回は珍しく「芸術」の表現者としてのスタンスを。聴衆の皆さんに、少しでも伝わると嬉しいのですが。
その一端を担って下さり、有り難うございました。
投稿: ていほう | 2016年12月 7日 (水) 00時05分