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2024年5月16日 (木)

安藤巴パーカッションソロ

 かつての啼鵬門下生。と言っても、ほんの一時期和声学を。んなもんで、先生を名乗るなんざぁ、おこがましいにも程があるんですが、その後、打楽器奏者の道を進み、今や大活躍。田中翔一朗君同様「出藍の誉れ」どころじゃありませんな(2016年7月28日参照)。

Andotomo2024 リサイタルの案内を頂き、聴きに行ってきました。なんと音程のある楽器は1つもナシ。打楽器の世界の事は詳しくないですが、そういうのって打楽器的には一般的なんでしょうか。少なくとも啼鵬から見れば挑戦的なステージ。

 そしてその期待を裏切らない、素晴らしい時間でした。もう1曲目からぶっ飛びました。ドイツのJohannes Fischerの作品。打楽器という、主に「点」で響くはずの音が、ロールやトレモロでもないのに、まるで糸のように連なり、様々な楽器の音色によって色彩感が芽生えていました。其れには明確なストーリー性があり、聴いていると「うぉ!きたぁ」という感覚により納得の音楽が形成。ただ途中「手何本あるんだ?」と思うような、物理的に「!?」な響きが。明らかに2本の手だけでは足りない楽器の音色。足も使っていたのかな。後ろに座っていた若者は「阿修羅だ」と言っていました。

 2曲目はスウェーデン出身のHanna Hartmanの作品。最初にPCらしきものを操作していたので、もしや電気的な音も含まれていたのか。しかし其れを感じさせない、全て生音と思えるような響きでした。植木鉢のようなものから伸びている棒を操作すると、様々な音が発信。まるでその植木鉢の中に様々な生き物がいて、チョッカイ出すと鳥がバタバタ騒いだり、小動物がドコドコ動き回ったり、そのような音と共に音楽が進んでいく様子は、寸分たりとも目が離せない、いや1音たりとも逃さずに聴きたい!と、世界に引き込まれましたわ。

 休憩をはさみ、後半は邦人作品。細川俊夫氏の30年ほど前の作品。久しぶりに細川作品を聴きましたが、かつて高校生のときに初めて細川作品に触れたときの感動が蘇りました。少しパフォーマンスも入った演奏だったので、後ろの席の若者は必死に笑いをこらえていました。ダメだなぁ、啼鵬はそういう現代音楽の上から下まで(!?)、様々な免疫がありますが、一般人にとっては滑稽に映るのか...。

 最後は高橋悠治氏の、1988年作とこれまた更に遡った作品。氏の割と最近の作品に親しんでいるので、少し時代を感じさせる響きでした。

 後半はセットもシンプルだった事もあり、前半との対比で「和」を感じた空間でしたねぇ。プログラム構成も素晴らしい。何だか凄い、いやもの凄いものを聴いた、という印象。そして打楽器の演奏会だから、というワケでも無いですが、何百の聴衆が針の落ちる音を聴くような、そんな緊張感のある空間。下手すりゃお客さんの咳払いすら音楽の一部になってしまいかねない状況。イイ、それが良い。演奏家がわずかに叩いた音、擦った音、どんなに小さな音も全て聴衆に届く東京文化会館小ホールで、会場を訪れた人しか体験出来ない音楽。ハッキリ言いますが、テレビとか動画では絶対に伝わりません。

 本当に素晴らしいステージ、有り難うございました。

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コメント

こーゆーテイストでコメントできるテーホーさん好き。
で、さすが!って思ういつも。

> 中村屋@鳥取さん
 おっと!お久しぶりです。長らくご愛読下さり有り難うございます。今後も啼鵬の語法でもってレポートしていきたいと思います。
 なかなかそちら方面に伺う機会が無くて残念です。

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