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2017年3月 9日 (木)

久しぶりの雪山

 ファンの皆様の間では、有名な話かしら。テーホーはスキー場に行っても、スキーをする事はありませぬ。

Hunterteho高校生のときに、

自由参加のスキー合宿をめぐって親と喧嘩。

売り言葉に買い言葉で「じゃぁ、オレは一生スキーはやらん!」

と言ってしまったのを、ずっと実行しているからです。

 ちなみに同じとき、同期の仲間の中には、当日体調を崩し、用具だけがスキー場行き、という人。おイタをして停学をくらい、行けなかった人。それぞれのドラマがあったようです。

 今回のスキー場。恐らく都心から最も近いゲレンデ。賑わってはいましたが、恐らく雪は少ない方なのでしょう。何しろココに行くまでの道路には、全くと言って良いほどありませなんだ。

2016年9月23日 (金)

銀の涙

 話は久しぶりに出演させて頂いたGRECOに遡ります(2016年8月28日参照)。このときもそうだったのですが、確か毎回(?)その日のスペシャル・カクテルを作り、出演者が命名。

P_20160828_143709_bf_2 今回は啼鵬がつけさせて頂きました。

向かって左、ピンクのが「沙保里の涙」、

右の緑のが「リレーの涙」。

同じ「銀メダルの涙」ってことで。

 命名してからただすけ君が「うん、そんな感じする~」って言ってくれたのですが、テーホーがアルコールを摂取しないのは、ご存じの通り。そう、アタシは味見もせずに命名したのでした。

 各¥1,000。この日はどれくらい出たのかしら...。

2015年12月 5日 (土)

ダンス乱入

 毎年恒例のクリスマス会、いや忘年会か。顧問をしている会社のパーティーにお邪魔。来る度に果たして啼鵬、どれだけ会社に貢献出来ているのか、悩みまする。

Macbonen2015e 今回は新人2人を含む、

大きめのアンサンブルがありました。

啼鵬はというと、

当初のクレジットは「啼鵬セクステット」と、6人編成のようでしたが、フタを開けてみると2人減って「啼鵬カルテット」に。

Macbonen2015d 演奏していると更に、

ダンスが乱入!

そんなダンサブルな曲ではありませんでしたが、

のんびりした曲調に優雅なダンスを。盛り上がりました。

 昨年はVioloncelloの体験会などもお手伝いしたのですが、今年はたいした事が出来ず。来年はもうちょっと会社に貢献出来たら...。

2015年8月23日 (日)

真夏の夜のゆめ

 恐らくこのタイトルは、William Shakespeareの「A Midsummer Night's Dream」からとったのでしょう。ちなみにしばらく前までは「Midsummer」を「真夏」と訳していましたが、現在では「夏」と訳しているのが公式。なので邦題は「夏の夜の夢」となっています。

Aar100th04 この企画が動き出したのは1年前だそうな。

AAR Japan(難民を助ける会)の記念すべき100回目の演奏会で、

今までも普通に音楽をやるだけのステージから、

少し冒険した企画もあったようですが、今回は思い切ってダンスとオペラの饗宴。かなり冒険も冒険。啼鵬も割と様々な舞台関係のイベントに携わってきましたが、ここまで大がかりに異種ジャンルをコラボさせたのは、他に例をみないかと。

Dsc08572 開演前にはホワイエで演奏。

このときもダンスを伴ったもの。

啼鵬はBandoneon他、

予定外にClarinetも演奏。そう言えば榊原大首相とClarinetでの共演って、あまり無かったなぁ。

Daitehoなので、

こんな写真も撮ってみました。

アハハ、

大さんのBandoneon。

いつか仕込んで、

ライブでサプライズしようかしら。

 我々、出番はそんなに多くは無かったのですが、

オペラとの絡みがあると良かったかしらね。オペラの方は殆どPiano伴奏で、そちらの専門職の方がやっていましたので。...って、我々の先輩だったんですが。

Aar100th04_2 終演直後には、

バック・ステージでプチ打ち上げ。

いやはや、

ダンス関係の方がチョー大勢なので、こんな事に。ま、考えてみればシニアからちびっ子まで、かなりの数のダンサーが出演。そんな規模のイベント、久しぶりだったかも。

 個人的には我々バンド関係を仕切っていた音楽監督、ちょうふ音楽教室主宰者東順子さんの労をねぎらいたいです。本当にお疲れ様でした。

2015年8月21日 (金)

踊りの伴奏

 主催の難民を助ける会は、40年近くの歴史ある団体。定期的にコンサートを行い、今回は初の試みとして、ダンスを主体としたステージを。

Aar100th01 その場当たり稽古が行われました。

何しろ我々バックバンドは、

Sax奏者のバンマス、

伊藤賢さんをはじめ、榊原大首相と私を含む6名編成。其れに9名の弦楽部隊が加わります。こんなゴージャスなOrchestra。ダンスの伴奏のみならず、私の編曲したインスト曲も演奏します。

Aar100th02 また珍しく、

と言ってイイのか、

今回啼鵬の演奏する楽器は、

Bandoneonのみ。

ステージでは。

 実はこの日、オペラ側のステージ・リハーサルはありませんでした。日本を代表する歌い手達の出演。こちらも楽しみ。

2015年4月24日 (金)

歌と踊りと演奏と

 歌と踊りと演奏。これはTangoの3つの楽しみと呼ばれているもので、恐らく説明もいらないでしょう。しかし今回関わる企画、特にTangoという事ではなく、この3つの要素が一体となってステージを作り上げます。

Aarspecialreh_2 そのリハーサルが行われました。

写真がダメダメですが...。

Pianoは榊原大首相。

彼と一緒になる現場は、

殆どがインスト系なのですが、

今回は前述の通り、

いつもの現場ではありませぬ。

そして面子も「はじめまして」の方々ばかり。

 ちなみに我々はダンスの伴奏バンド。Saxophone奏者の伊藤賢さんがバンマス。他に日本代表クラスのオペラ歌手が何人か出演しますが、そちらは違う伴奏者が。出演者数と言い、ステージ規模と言い、かなり大きなものです。しかも初顔合わせが大部分なので、かなり新鮮な現場。

 果たして啼鵬の立ち位置やいかに!?

2014年3月 4日 (火)

飲食飲酒OK

 昨年から今年にかけては、音楽史上にその名の残る、大物アーティストの来日が目白押し。その1人、Eric Claptionのライブに行って参りました。

Claptonbudokan今更説明の必要もない、

チョー大物アーティストですが、

アタシも聞くのはCDばかり。

映像もあまり見た事がありませぬ。グッチ裕三の「エリック・カケブトン」の方は、よく観ていましたが(笑)。んなワケで、生演奏に触れるのは初めて。

 発売と同時に「瞬殺」で売り切れたというチケット。場所は日本武道館。ここに行くのは2回目です。1回目はいきものがかりで。

 Celloの柏木広樹さんと一緒だったのですが、着くなり彼からお茶とカツ・サンドを頂きました。...って、あれ?会場内での飲食っていいの? ライブハウスならともかく、通常のClassicのコンサート・ホールでは、まずあり得ないコト。土浦市民会館なんて、わざわざ掲示しているくらいなのに(2011年11月20日参照)。

 まぁ、考えてみれば武道館。演奏会場ではないんですよね、ここは。スポーツを観戦する場所なんだ。って事は、野球場のアルプス・スタンドで売っている飲み物と同じかぁ。

2012年10月 2日 (火)

Wayman Tisdaleを偲んで

 いつかこの人の事を記事に書こう、書こうと思っていたのですが、残念ながら既に亡くなっていました。元NBA選手にしてベーシスト、ウェイマン・ティスデイル。

 弟がNBAファンという事もあり、彼を知ったのですが、NBA選手としても、オール・スターこそ選出はされなかったものの、1984年のロス五輪では、かのマイケル・ジョーダンと共にプレイ。チームを金メダルへと導いています。彼の出身大学、オクラホマ大では、在学中の成績も相まって、背番号は永久欠番だそうです。

 決して長い選手生活ではなかったのですが、彼にはバスケット同様に、あるいはそれ以上に力を入れていたものがありました。音楽です。フュージョン・ベーシストとしての彼のプレイは素晴らしく、キャリア通算8枚のアルバムをリリース。特に2001年に発表した「Face to Face」は、ビルボード・チャートのコンテンポラリー・ジャズ部門1位に輝いています。

 しかし2007年に骨ガンと診断され、その後右脚を切断するも、病魔には勝てず帰らぬ人に。40代の若さでした。

Tisdalealbum あまり知られていませんが、

アメリカには、

プロのスポーツ選手でありながら、

実は楽器の腕前もプロ級という人が、少なくありません。また私の好きなサックス奏者のJoshua Redmanは、ハーバード大の医学を出た後、イェール大ロースクールで弁護士の資格をとった秀才。にも関わらず音楽の道へ! こんな人います?日本で。お相撲さんで歌がうまい、という人はいましたね。隆三杉関とか。

 日本では一芸に秀でた人が美徳とされますが、アメリカでは多くのMajor(専攻)を持つ事が、能力ある人間とされるので、こういった人が生まれるのでしょう。尤も日本人だってアメリカで教育を受ければそうなります。Violinの五嶋龍さん然り。

 まぁ、アタシ程度のマルチでは、アメリカじゃ全然通用しませんが、かつての弟子にはスゴイのがいました。剣道と囲碁で有段者。それも地方大会では優勝クラス。PianoはChopinのEtudeを弾き、たくみスタジオではVioloncelloを。そう、テーホーの最初のCelloの生徒。ちなみにこの頃彼はまだ小学生! 学校の成績も優秀で、その後茨城県下ナンバー1の高校に進学。今頃どうしているかなぁ。

 ちなみにNAOTO君はあのスゴイViolinを弾く傍ら、中学時代は水泳部でブイブイ言わして、更に卓球部よりも卓球が強かったらしい。

2012年5月22日 (火)

祝:旭天鵬優勝!

 大関が6人もいながら、優勝決定戦は平幕同士。しかも一方は不戦勝で...と、色々物議を醸した平成24年五月場所。勝ち星の記録をのばしていた旭天鵬が、賜杯を手にするという、しかも昭和以降最年長。

 私は当然茨城の力士である大関稀勢の里、前頭筆頭の高安を応援していましたが、大関はホント惜しかった。大関陣では唯一優勝戦線に絡み、最後まで期待していたのですが。しかし、逆にじわじわと着実に強くなっていっている感じで、来場所に期待。

Tenhoyusho そして旭天鵬ですが、

今更言っても遅いですが、

勝ち越した辺りから、

もしや...!?と頭をよぎったりもしていましたねぇ。同期の旭鷲山は引退して久しく、旭天鵬はまだ元気に相撲をとっている!といつも思ったものです。

 実は私、勝手に旭天鵬関には愛着があって、そう、しこ名に私と同じ字があるからです。彼が旭天鵬を襲名したのがいつか分かりませんが、私が啼鵬を名乗り始めたのは高校生のとき。当時は「鵬」の字を説明するのに、「巨人大鵬卵焼き」が通用しそうな世代には、「大鵬の鵬です」と言い、若い人には「旭天鵬の鵬です」と言っていました。幕の内に鵬の字が付く力士が、他にあまり見当たらず、モンゴル人力士として有名になっていた旭天鵬関の名前を、いつも引き合いに。今では横綱白鵬がいますがね。

 外国人力士として、育ってきた国、文化の違いやらで、スタート・ラインから大変なハンディを背負い、とても苦労されてきたと思います。20年かかって手にした賜杯。心からお祝い申し上げます。

2011年7月19日 (火)

隣の球児、初戦突破ならず

 日本中(トーゼン私も)がなでしこジャパンのW杯優勝にチョー盛り上がっている頃、我が家の隣のグランドを本拠地とする球児達は、第93回全国高校野球選手権大会茨城大会の初戦へ。今回は第2回戦からの出場。数日前には系列の高校が初戦突破をしていました。

 しかし結果は1点も獲れず敗退。36打数9安打に対して、相手チームは30打数7安打で、数こそ勝れど、点には結びつかず...。

Tiugrounds  翌日のこの曇天。

また手前のカラスも、

何だか雰囲気を象徴しているような...。

ちなみにその系列校には、昨年の選手権大会ではコールド勝ちしているのですが、1年経ち、選手も一部入れ替わると、チームも変わるのでしょう。

 是非とも来年には頑張ってもらいたいものです。

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