啼鵬が自作PCに手を染めたのが90年代。DOS/Vという単語が定着し、Windows95の社会現象の少し後くらい。CPUが486からPentiumが主流になり、自作がし易くなったから、というのが大きかったかしら。
その初めて作ったPCを、ずっと廃棄せずにいたのですが、使わなくなって大分経ちますし、そろそろ処分しようかなと。引き取ってくれる業者も見つけたので。少し前に断捨離したのですが(2014年5月6日参照)、この1号機だけは残っておりました。
パネルを見ると当時の啼鵬の、マシーン志向が伺えまする。CD-ROMやFDのドライブはともかく、一番上はカードリーダーです。PCMCIAの、いわゆるPCカードというタイプ。ネットワークの敷居が高かった時代、ノートPCとのデータのやりとりは主にPCカードや、コンパクトフラッシュ(CF)でもって行っていました。
更にFDドライブの下。これZIPドライブです。一時期流行りました。100MBという容量は扱うデータが小さかった時代、実用的でしたよ。つまりはテーホー、メディア・ジャンキーだったってワケ。
ちなみにそのZIPドライブの下には、リセット・ボタンの他、TURBOというCPUのクロックを下げるボタン。ま、使う事は無かったんですケド、この当時のATというタイプの筐体には、フツーに付いていました。
問題の中身、マザーボードはその筐体に合わせたATタイプ。後に主流になるATXタイプもあったのですが、確か初心者向けのマザーボードがたまたまATだったかな。ASUSTeKの定番のでした。して、CPUはAMD K5 PR166。そう、どうせ作るならIntelじゃないCPUで作りたかった、と言う王道をいきたくない啼鵬らしい選択。
背面も懐かしいですわ。刺さったままのコネクター。マザーがATなので、当然KeyboardもAT対応のものを使うのですが、其れをその後主流になった、PS2規格に変換するアダプター。そしてBUSがこんなに。このBUSがいくつあるかって、それがマザーボードを選ぶポイントになったりしていましたねぇ。このマザーにはISAとPCIのBUSが。
特筆事項は上から4段目のBUS。SCSI(スカジー)です。あったなぁ、そんな規格!と思い出した方、啼鵬とPC同世代!? 当時HDDとか増設する際に使われた規格。啼鵬の場合は先に説明したZIPドライブ増設のために、このSCSIボードを。速かったなぁ、このSCSIは。初めて装着したときは感激しましたよ。
そして問題のOS。これはPC-DOS 7.0とWindows3.1で使っていました。既にWindows95が出回っていましたが、やはりDOSで使う機会も多く、NEC PC-98XXから脱却したのを実感するには、DOS/V機でDOS環境を使う、という何とも頑固なユーザー。
この頃はホント勉強したなぁ。パソコンを使う、いやその前に作る。基礎知識があれば、ちょっとやそっとのトラブルも自分で解決出来たり、解決出来なくてもその方法を見つける事が出来たり。
ハードウェアをいじるのが楽しかった時代の象徴。
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