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2019年3月10日 (日)

学舎入試中

 久しぶりに出演した旧東京音楽学校奏楽堂(2019年3月9日参照)。

Sogakudo2019昔、と言ってもかなり昔。

この建物は東京藝大の中にあったのですが、

上野公園に移築されました。

NAOTO君やアタシが芸大附属高校1年生のときに、芸高オケの定期演奏会が始まり、第1回から第3回まで、この奏楽堂で開催。その後はしばらく様々な会場を転々としたようですが、現在はまたココに落ち着いているようです。

Gdaiongaku2019 近くなんで、

大学の方にも行ってみたら、

今は入試中。

そりゃそうだわね。思い出すなぁ。あの頃は頑張ったわ。今受けたら絶対ムリ。

 話を旧奏楽堂に戻しますが、芸高オケ定期のときには、Piano専攻と作曲専攻は合唱で出演。正直、あまり上手じゃありませんでした。Nコンなんか出たら、東京大会は通らんでしょ。合唱コンクールって、ピアニストや作曲家が片手間にやったくらいで勝負にはなりませんし。その定期、当時同じ高校生だった小松亮太君も聴きに来てくれたっけ。

2019年3月 9日 (土)

裕先生退官

 出会ったのが高校生のとき。「ユタカ先生」で親しまれた、芸大附属高校の高橋裕先生が、退官されました。その記念演奏会に出演させて頂きました。

Yutakataikanこのチラシだけ見ると、

歌姫、鮫島有美子さんの演奏会。

そう、鮫島さんをフィーチャリングという感じです。

そして啼鵬は何を仰せつかったかというと、

鮫島さんの歌う「越路吹雪へのオマージュ」。

シャンソンを中心に10曲ほど伴奏させて頂きました。

 日本を代表するSoprano歌手、鮫島有美子さんの伴奏なんぞ、考えるだけでも恐れ多いですが、しかもテーホーにとってはテリトリー外のシャンソン...。お世話になっている紫村千恵子さんの門下生の伴奏をさせて頂いているので(2018年12月11日参照)、曲自体は良く知っていますが、今回はガチでPianoを弾き、歌姫とはタイマン!! ひぇ~ってな感じで、鮫島さんは不自由な思いをさせてしまった事でしょう。

 そして裕先生、長い間お疲れ様でした。アタシらのようなデキの悪い生徒。大変だったでしょうねぇ。有り難うございました。

2019年3月 1日 (金)

歌声学年

 もうこの季節がやってきました。勤務している看護学校の卒業式。そして謝恩会。

Tmu29th2この学年は、

音楽好きの学生が多かったようで、

歌もよく歌いました。

なので余興の歌もなかなか重厚。

 実は昨年、校長先生が急逝。アタシのような非常勤講師が、校長と接触というのは、セレモニー以外は無いのですが、珍しく授業の合間にお会いした事がありました。校長自ら授業をすると聞いて驚いたものです。

 そして何よりも、セレモニーで校歌を一番大きな声で歌っていたのは、亡くなられた校長でした。今でもその歌声が啼鵬の心に響いています。

 卒業生の皆さん、おめでとうございます。そして次は国家試験の合格発表ですね。

2019年1月27日 (日)

みんなを繋ぐ音楽

 時折お邪魔させて頂いている音楽会。基本は内輪の会なのですが、ここに集う人々の音楽人生は様々。アマチュアもプロもいて、経験も数年の人から啼鵬の何倍もの人まで。取り分け今回は、バラエティに富んでいたかしら。

Mejiro6th そして集う人達をつなぐ要が、

1人の先生。

多くはその先生お教え子さんですが、

その他の人達も、何らかの形で先生とつながっています。

 単純な言い方ですが、「音楽」って人と人を繋ぎます。ここに集う人達が、それぞれ思い思いの曲を演奏し、それをみんなで聴く。曲のジャンルも様々ですが、定番曲から珍しい曲まで、音楽そのものも聴いていますが、演奏に表れる奏者の人となりも見えてきます。

 職業音楽家になると忘れてしまいがちな大事なものを、こういった場で思い出させてくれますね。

2019年1月19日 (土)

弦楽合奏団弓組第9回定期公演

 10年前の今日、日本を代表するViolin名教師、田中千香士先生が亡くなられました。今回の我ら弦楽合奏団弓組は、その命日に定期公演を開催する事から、タイトルを「田中千香士生誕80年~没後10年で蘇る世界~」としました。

Yumi9th2 先生の依頼で書いた作品の数々。

改めて演奏してみると、

啼鵬のとても若かった頃のスコアなので、

ミスはともかく、まだまだ熟していないとでも言いましょうか、今同じ曲を編曲したら、もっと違うスコアを書いただろうな、という箇所も多々。

Yumi9th1 それでも敢えて、

当時のままの楽譜で演奏。

恐らく実際に演奏された千香士先生は、

「ここの部分は?」とか思いながら、音楽を組み立てていったのかしら、とか想像しながら、我々も取り組みました。まるで当時が蘇ってきたみたいです。そう、演奏した音楽も去る事ながら、稽古でのそういう雰囲気も蘇った感じでした。

 お忙しいところお越し頂きましたお客様、有り難うございました。

2018年11月14日 (水)

追悼:山岡耕筰先生

 東京藝術大学名誉教授の山岡耕筰先生が亡くなられました。私とは色々な形でご一緒させて頂きました。日本弦楽指導者協会のイベントでは、先生の指揮で演奏もさせて頂きましたし、あるときなど「僕の編曲した曲をみてくれないか」と言われたり。尤も先生の編曲も素晴らしく、私の口を出せる部分などありませんでしたが。

 そして何と言っても芸大附属高校の臨海合宿。生徒を引率して海に入っていく勇姿は、今でも忘れられませぬ。更に夜になると怪談話! 先生が臨海合宿を引退されてからは、啼鵬が引き継ぎましたが、なかなか先生のようにはいきませなんだ。

Yamaokascale 「そう言えば君は何科だったかネ?」などと、

お会いする度に先生は、

楽しく話しかけて下さいました。

たくさんの優秀な生徒さんを輩出した先生の功績は、

日本楽壇に於いてかけがえのないものです。

心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2018年11月 9日 (金)

再会:新井光子さん

 今回のYaeさんのコンサート。久しぶりの再会がありました。最後に会ったのは実に22年前!

Mitsukoteho チェロ奏者の新井光子さん。

今回は越田太郎丸さんからのお誘いで。

「芸大出身者のようだけど、テーホー知ってる?」と。

え?もしやその方...、1コ下の後輩の!? いやはや、チョー懐かしかったです。そして現場では「タクミ先輩!」と呼ばれましたが、もはやアタシをそう呼ぶヒト、いなくなったなぁ。

Umetanitaikan その22年前がコレ。

芸大附属高校の副校長(教頭)先生にして、

NAOTO君やアタシらの担任だった、

梅谷進先生の退官記念コンサート。

ちなみに梅谷先生は、

榊原大首相の担任でもありました。

 このとき先生は拙作を演奏して下さいましたが、その伴奏する室内合奏団に、NAOTO君や新井光子さんものっていたってワケ。啼鵬も本名でクレジット。

 久しぶりにご一緒出来て嬉しかったです。お疲れ様でした。

2018年10月22日 (月)

茨高文連器楽・管弦楽部会史上最大編成

 予め分かってはいたのですが、いざ対峙してみると、スゴイ迫力。近年啼鵬が指導させて頂いている、茨城県の高校生弦楽合奏団。今回は各学校の新入生が、何故か大量入部。加えて参加校も増え、総勢90名近くの弦楽合奏団!

Kigakukangen2018d いつもの練習場所では収まりきらないので、

今回は市内のホールで。

しかもご覧の通りステージではなく、

客席をつぶしてのセッティング。

 通常のオーケストラ(管弦楽)でも、70~80名程度ですので、其れを弦楽器のみで上回る大所帯。アタシも全国高校総合文化祭器楽・管弦楽に関わり、ホントたくさんの高校生の演奏を聴いてきましたが、管弦楽で100名を越える団体はあっても、弦楽で其れに迫る団体は記憶にありませぬ。ましてや茨城高文連では史上最大でしょう。

 選曲は悩みました。せっかくの大人数ですので、Tchaikovskyの名曲「弦楽セレナーデ」なんて出来たら、と思いますが、何しろ新入生は大半が楽器を手にして数ヶ月。さすがにムズカシイ。

 本番は来月。どちらかというと県内向けの本番。いつかこの大人数で、全国大会クラスの本番で演奏して欲しいものです。

2018年9月18日 (火)

追悼:松下功先生

 最近は有名人の逝去が多く、先生の訃報は陰に隠れてしまった感じです。東京藝大副学長で作曲家、松下功先生が亡くなられました。ちょうどOut of The Standardの録音をしていたときに飛び込んできた訃報。我らエンジニアも含めて、皆芸大出身者。驚きを隠せませんでした。66歳は若すぎます。

Membergeiko89a 芸大附属高校在学中は、

「鍵盤和声」という授業を。

ようはアナリーゼ(楽曲分析)ですが、

授業自体は堅苦しくない、(オヤジ)ギャグ連発系授業...。大学に入ると、「管弦楽概論」「管弦楽法」と2つの授業でお世話になりました。

 最後にお会いしたのは、現東京藝大学長の澤和樹先生の、還暦コンサートの打ち上げでした(2014年1月4日参照)。アタシの事を覚えていて下さって、お話しもさせて頂きましたが。

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2018年9月 4日 (火)

再会:関美奈子先輩

 高校に入学したときに1つ上の先輩。しかも作曲科。ま、師匠が違ったので、直系の後輩という事ではありませんが、それでも同じ作曲科なので、和声の試験は一緒の部屋で受けましたし、何かと仲良しでした。

Sekiteho2 そんな関美奈子先輩!

お仕事でご一緒出来るとは。

恐らく20年ぶりくらいにお目にかかりました。

大昔になおていライブを聴きに来て下さったので。相変わらずカッチョイーなぁ。

 NAOTO君からは、時折関さんの事は聞いていました。今回彼女は、編曲者と現場ディレクターというポジション。テキパキとした仕事運びで、アタシのBandoneonの録音、あっという間に終わりました。

 有り難うございました。またいつかご一緒出来る日を楽しみに。

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