2020年8月 1日 (土)

啼鵬史を垣間見る

 コロナ禍での活動再開。啼鵬の場合は山形に終わって、山形に始まるという形になりました。先週、新庄市での本番を終えたばかりですが(2020年7月26日参照)、2週続けて山形県での本番。今回は山形市。

Biyoricafe2020b その最終リハーサルを行いました。プログラムは先週と被る曲もありますが、メイン曲は新曲! と言っても編曲したのは前世紀。随分と古い編曲を引っ張り出してきました。

 改めてみると、この当時の啼鵬の音楽性が見えてくる、貴重なスコア。今も変わっていない部分もありますが、当時はどういう指向性だったのかを知る、啼鵬史のような感じ。

 明日は恙なくライブが行われますように。

2020年7月26日 (日)

戻る日常【6.5th Shinjo Sax Fes.】

 最後にお客さん相手にライブをしたのが、3月半ば(2020年3月17日参照)。そして諸々の解除がなされたものの、終息どころか特に大都市では感染者が増えている状況。それでも音楽を含む各イベントは、万全の対策をとりながら開催。啼鵬もようやくお客さんの前に帰ってきました。奇しくも同じ山形県で。

Shinjo65 山形県は新庄市で行われた「Shinjo Saxophone Fesitival」。本来ならば第7回として、5月に盛大に行われるところでしたが、延期して6.5回という事で規模を縮小。それでも中学生、高校生、一般と、さまざまなSaxophone愛好家のグループが演奏。啼鵬はサックス日和のメンバーと共演。

 「縮小」と簡単に書きましたが、それは容易なことではありませぬ。中止は断腸の思いで判断するのでしょうけど、縮小開催は其れ以上に、どう恙なく終えるか、今の時期、地域格差はあるものの、勇気のいる事です。もしそのイベントでクラスター発生など、問題が生じた事を考えれば、命がけと言っても過言ではありませぬ。

 それでも灯を消さない事が大事なのです。今回のイベント決行を決断した首脳陣の熱い思いは、聴きに来たお客さんに十分に伝わったかと思います。啼鵬も微力ながらお手伝いさせて頂きました。この上ない喜びです。

 音楽を含む芸術は、見えない力で社会を支えています。これからも可能な限り、お手伝い出来れば。

 聴きに来て下さったお客様、有り難うございました。そしてスタッフの皆様、お疲れ様でした。

2020年7月19日 (日)

新庄の舞台に向けて

 気が付けば本番1週間前。ここにきて流行病もぶり返し、ここ山形も心配。かと言って現時点ではイベントは開催する予定なので、練習をしないワケにもいかない。この日も万全を期してリハーサル。山形県各地から集まるメンバーに加え、県外からは仙台フィルハーモニー管弦楽団のTrumpet奏者、戸田博美さんと啼鵬も。

Biyoritoda2 戸田さんは先週と昨日、仙台フィルと山形交響楽団の合同演奏会を終えました。そう、プロのオーケストラもぼちぼち始動しています。恐らく世界中のオケがそうでしょうけど、手探り状態で「感染者を出さなかった」という結果を信じて。

 そしてサックス日和の皆さんも、自分達が活動する事によって、世の中の流れがどこまで戻せるのか、細心の注意を払って挑戦しています。

 ただ、状況は好転しているとは言い難く、直前でイベント中止なんてのも十分考えられます。無事に本番が迎えられますように。

2020年7月 9日 (木)

自作自演:along with you

 自他共に認める啼鵬の代表作「along with you」。東日本大震災の後、初めて作った曲でした。平和に暮らしていたら絶対に生まれなかった曲かも知れません。アタシも数え切れないくらい再演してきましたが、今回の「自作自演」は、作詞をして下さった伊藤大輔さん。

Img_1111有料の配信で歌って下さいました。しかも弾き語り! リクエストがあったんだそうな。

 改めて聞いてみると、何だか自分の曲じゃないみたい!? いや、自分が演奏に関わっていないからではなく、例えば「またああいう曲書いてよ」と言われても、絶対にムリだし、笹本玲奈さん、水谷美月さん、光田健一さん、サノケンさんといった方々がカバーして下さり、もはや曲は独り立ちしている感じ。ここまで曲が成長するというのは、作曲家としては生涯1曲あるかないか...。

 伊藤さん、チョー素敵でした。

2020年7月 6日 (月)

サックス日和の2020年

 プロジェクトは地味ぃに動き出しておりまする。

Biyoritodaこの日のリハーサルは、ソリストを迎えて。山形を拠点にするサックス日和に、仙台フィルハーモニー管弦楽団のTrumpet奏者、戸田博美さん。啼鵬のお馴染みの曲から、古いライブラリーから引っ張り出してきた曲まで、いろいろ。

 戸田さんとは何度かご一緒させて頂いておりますが(2019年12月30日参照)、こんなにガチンコでアタシの編曲を演奏して頂くのは初めて。

 彼女も仙台フィルに入団して30年。節目の年になるはずだった2020年。流行病がなければ演奏会の計画もあったかと。ま、言っても始まらないので、出来る事からやっていかないとね。サックス日和との本番は2回あって、いずれも山形県内。我々の出来る精一杯を届けましょう。

2020年6月28日 (日)

作曲家のトーン

 一般的に「トーン」と言えば、何を差すのでしょう。我々音楽家で言えば「音」。漫画家やイラストレーターといった、絵を描く人達にとっては、「スクリーントーン」でしょう。絵の中で黒塗りでなく、網掛けや連続模様など、様々な濃淡を醸し出す素材。この流行病での巣ごもり生活。家の片付けをしていると出てきました。

Screentone いつ頃買ったのかは分かりませぬ。というのは、実はテーホー、中学時代に遊びで漫画を書いていた事があり、スクリーントーン自体は存在も知っていて、いつか使ってみたい、と思っていたクチ。ま、其れを使うほどの本格的な漫画じゃなかったって事もあって、恐らくその頃には買っていないか。

 その後、具体的に使った記憶は、大学を出てしばらくして、編曲の際に。え?なんで曲を編曲するときにトーンを使うかって?

 実際には楽譜、五線の部分に網掛けのトーンを貼りました。オプション扱いの旋律に。演奏してもしなくても良い部分、もしくは○○(楽器)が無いときに演奏する、といった場合の。

 そういう音符は小さく記したりするのですが、それだと見難いかと思い、トーンを貼れば分かりやすいかなと。ま、実際にはそんな網掛けした五線なんて、見た事も無いのですが。

 今だったら楽譜をPDFやJPEG化して、それらの編集ソフトでもって簡単に網掛けも出来るでしょう。場合によってはカラーにしてみたり。しかしこの作業をした頃は、楽譜をPDFデータでやりとりする、という事が一般的でなく、まずは紙に出力。その紙にトーンを切り取って貼り、それをコピーして納品。そう、紙で。郵送。

 そんな使われ方しているなんて、スクリーントーンの会社、知らないだろうなぁ。

2020年6月22日 (月)

サックス日和再開

 最後にリハーサルをしたのが3月末(2020年3月29日参照)。それから予定していた本番が延期になったため、しばらく活動が止まっていましたが、その本番が7月末に行われる事になり、こうして再開。しかも別の本番も浮上。

Biyorisinjo04 思えばアンサンブルという、音楽の1つの形でありながら、人と人のコミュニケーションとしては究極とも言える、言葉ではない、お互いが楽器を奏でて1つのものを作り上げる、恐らく地球上で人間にしか出来ない技。流行病で其れが困難になりましたが、世界のウィーン・フィルの報告では、管楽器における飛沫は75cm程度しか飛ばないのではないかという説。また別の報告では、管楽器を通った息は、既に感染リスクの低いものだというのを聞いた事があります。

 そういったデータも後押ししての活動再開。さすがにメンバー全員PCR検査を実施、というワケにはいきませんが、皆それぞれ生活の中でも感染予防策をとっています。そして何より、こうして楽器を演奏する事で、メンタル面に安心感が戻ってきて、生活に活力が湧きまする。

Tehotokaito この日はメンバーのお子さんも。最初のうちはテーホー、相手にしてもらえませんでしたが、帰る頃にはちょっと仲良くなれたかしらね。10年もすればお母さんと同じ、Saxophoneを吹いているかしら!?

2020年6月12日 (金)

追悼:服部克久先生

 日本を代表する作曲家、服部克久先生が亡くなられました。啼鵬が初めてその名に接したのは「題名のない音楽会」。小学生だったか中学生だったか...。当然黛敏郎先生時代です。

 そのときの特集は、同じ曲を3人の編曲者に料理させて演奏するというもの。服部先生は「パリ・コンセルヴァトワールを修了」と紹介されたClassic代表。あとはJazz代表の前田憲男、Pops代表の宮川泰。いずれも故人となってしまいました。

Hattoridtp 啼鵬は2回、お仕事をさせて頂きました。写っているアルバム、東京ポップス・オーケストラのビートルズ特集。2001年発売で、なんと啼鵬は本名でのクレジット! 手違いです。まだまだ駆け出しだったので...。今となっては良い思い出ですが。

 そしてもう1回は竹内まりやさんの曲。なんとAccordionの佐藤芳明さんと一緒でした(2008年5月19日参照)。種類の違う蛇腹楽器が同時に呼ばれるのは稀。この模様は竹内さんのBlogでも紹介して頂きました。

 先生の世代の作編曲家は、とてつもない仕事量をこなしてこられた方が多く、この楽譜DTP誌のインタビューでも其れが伺えます。そういう先人の話を聞く度に、其れに比べれば自分の頑張りなんぞ、まだまだと思って自分を叱咤したものです。

 心よりご冥福をお祈り申し上げます。

2020年6月 2日 (火)

日本人作曲家のジンクス

 無事47歳の誕生日を迎える事が出来ました。この「47」回目には、個人的に特別な思いが。

 平尾貴四男、吉田隆子、矢代秋雄、八村義夫、毛利蔵人、そして啼鵬の師事した山田泉。これらの作曲家先生方は、皆46歳で亡くなられております。2〜3人なら偶然で済みますが、6人もいるとジンクス...。

 そのジンクスを知ってからというもの、どうやって46歳を通過するか。周りは「じゃ、その間は作曲しなきゃイイじゃん」と。「お!なるほど」と思っていたところに、取り分け昨年は委嘱作品が立て込み、それらを45歳のうちに書き終え、46歳のときには1曲も作らずに、というワケにはいきませなんだ。もう1曲1曲、これが遺作と思って書いていました。いやホントに。

 そして今年の流行病。もしやアタシはコレで死ぬのか? いや、変なモノを食べてお腹を壊して死ぬ、いいや、食べ物を喉に詰まらせて死ぬ、その他、様々な死に方を想像しましたが、結局は...。

Img_4280 尤も亡くなられた諸先生方は、日本楽壇に残る大作曲家。そんな方々と比肩するなど、おこがましいにも程があるんですが、一応作曲家の端くれとして、不安に怯えながらこの1年、過ごして参りやした。

 とは言え、この流行病で我々アーティストは、なかなか思うように活動出来ず、にわかに動画など制作したところで、そちら方面の本職には全く及ばず。フツーにお客さんを集めてライブやコンサートが出来ない以上、死んだも同然。

 ま、せっかく生きながらえた命。新しい活動スタイルを模索しながら、のんびりいきますかネ。

 ちなみに写真は数カ月ぶりに馴染みの地元ジンギスカンへ! 誕生日を祝いました。

2020年5月29日 (金)

伴奏オケ:YAMAHA QY70

 計画は昨年末からあったものの、結果的に流行病の最中に始める事になった、啼鵬の動画配信。「限りなく啼鵬の一応動画劇場」は今週、第四話を公開。そこで活躍している伴奏オーケストラは、名機YAMAHA QY70。

Qy70a VHSビデオテープサイズに、シーケンサー(もう死語か)とXG音源を搭載。当時の技術の結晶とでも言うべき、YAMAHAの傑作であります。これの元祖はQY10というマシーンで、啼鵬はこの代からの愛用者。

 何しろ乾電池駆動するという、モバイル・ヲタクには垂涎の逸品。よく電車の中や、旅先でもこれで入力し、MIDIデータを吸い出して、PCの楽譜作成ソフトに。そこで浄書して出力。

 んなもんで、あくまで入力ツールだったのですが、今回は卓上ピアノの伴奏をさせるという、初めて「演奏」させるマシーンとして使いました。

Qy70b しかし番組でご覧の通り数年ぶりに電源を入れたので「Backup Batt.Low!」。まずはその電池を交換。やはりメーカーに送らなくてはならないか...。いや、そもそもこんな古いマシーン、受け付けてくれるのか。しかも時間もない。

 そこでネット上で情報を集めると、なんと自分でやったという報告が。トーゼン自己責任。ま、もはや自己責任もナニも、一般論で言えば、生産完了から一定期間が経てば、もうサポートは無くなりまする。其れに関してはこれまでに何度も泣いておりまする(2013年9月6日参照)。

 そしていざ御開帳。基盤上にあるCR2032を交換。至って簡単な行為ですが、こういうのってメーカーに出すと、当時は何千円とかとられたんだろうな。今回は電池代の¥298のみ。

 打ち込み作業も順調。そして無事第四話も完成。また何かの伴奏で活躍して頂きましょう、QY70。

Tehogekijo4th

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